06.骨と肉

bones



 火が燃えている。その傍らにじっとうずくまっていたリューグは、扉の開く音にはっと顔をあげた。
「ジジイ!…どうなんだ、」
 炎に照らされた少年の不安げな、しかしそれを表に出すまいとする強張った表情に、訪ねられた相手はゆっくりと首を横に振った。
「今できるだけの処置はした…あとはあの娘の運と生命力にかけるしかあるまいて。」
「…そうか。」
 ぽつんと呟いたリューグの顔は、炎に照らされているにも関わらず真っ白になっていた。

「案ずるなリューグ。」

 いつになく幼く見える養い子の姿に、髭の下で老人は少し優しくわらった。
「この村でこれ以上死人を出したくない――おまけにお前の恩人なのだろう。今できる以上のことはする。」
 おもむろに籠を持ち上げると、アグラバインは外へ向かう扉に手をかけた。
 リューグが見知らぬ娘を背負って駆け込んできたのは真夜中のこと。夜明けが近いとは言えまだ夜は深い。
 どこへと問われる前に「薬草を探してくる」と彼は答えた。扉を閉める寸前、広い肩越しに振り返って彼はどこかぎこちなくほほえむ。
「ついていてやれ。水を欲しがっても一気に飲ませてはいかん。」
 扉が閉まった。
 しばらくリューグは、閉まった扉を茫然と見つめていたが、パッと立ち上がると、奥の部屋へ続く扉をあける。

 よくもまああの大火の中焼け残ったものだ。外れにたっていたのが幸いしたのか、村が焼き払われる以前より焦げたり一部焼け落ちはしたが、彼の家はそのままに残っていた。
 奥の部屋では、がベッドの上に寝かされていた。焦げてはいるが使えぬほどではない。
 肩には引き裂かれた敷布が何重にも巻かれている。しかしその上からもなお、血がうっすらと滲んでいた。

 駆け込んできたリューグと再会を喜ぶ余裕もなく、背負われた娘の症状を一目で見て取ったアグラバインの行動は早かった。をすぐさま小屋に運び寝かせると、リューグに熱い湯を焚かせ、自らは薬草を煎じだした。
「……骨が刃を止めたのだな。」
 痛ましげに眉を寄せながらも客観的に傷口を検分してゆく。
「運の良い子だ。腕ごと切り落とされてもおかしくない太刀筋をしておる。」
 その言葉にゾッとしながらも、やはりリューグは養い親の異常さを感じていた。以前からずっと疑問に思っていたことだ。それはあの夜から彼の中で、もはや確信に変わりつつある。その強さも戦いの技術も、豊富な知識も。すべてみな只人ではない。少なくとも、山奥の樵には相応しくない―――。
 そもそもアメルが"奇跡の力"を発現するまでは、医者もない村人たちは怪我や病気の度にこの老人を頼ったものだったのだ。アグラ爺さんの薬はよく効くねぇ。畑や山で取れた恵みを礼によくもらった覚えがある。

 の額に、脂汗が滲んでいる。しかめられた眉。呼吸は浅く、息をする度に肩が痛むのだろう、時折小さくうめき声をたてる。その傷口をアグラバインに縫われた時も、やはりは少し呻いてきつくきつく体を強ばらせただけだった。屈強な兵士でも喚くか気絶するものだと思わず老人を感嘆させた。
 その傍らにしゃがみこんで、布でその額を拭ってやる。角。やはりその存在は目立ったがもはやなんとも思わなかった。
 布を水に晒して固く絞ると、もう一度拭いてやる。

 いつだっけ。まだ幼い頃。妹と兄が熱を出した時だ。同じように拭ってやった彼に、兄は言った。
 うつるからあっちにいってろよ。
 馬鹿言え。そんな苦しそうな真っ赤な顔して病人のくせに。
 思い出すと笑えたのになぜた目玉は乾いてやはり泣きそうな気がした。
 ―――死ぬなよ。
 声もなく囁きかける。
 まったく勝手に庇われて勝手に死なれちゃ目覚めが悪い。それはもちろん強がりだ。もう誰だって死ぬのはごめんだ。ましてやそれが、自分を庇って、なんていたたまれない。

「死ぬなよ、はぐれ。」

 それにかすかにの口端が持ち上がった。気のせいだろうか?
 空が白け始めるのにも気づかず、リューグはずっとの額を拭っていた。