09.廃墟の村 |
deserted village |
不機嫌です、怒っています。と顔に書いたリューグが、部屋の入口にどっしりと座り込んでいる。布団の上にちょこんと正座しながら、はごめんなさいと何度目かわからない謝罪を繰り返した。 「ごめん、リューグ。」 「…。」 「さっき、突き飛ばしたのは、ほんとうに、ごめんなさい。」 「……。」 ジトリと睨まれて、は首を竦める。扉の前を陣取ったのはここから出さない、という意志の表れであるし、睨んでいるのは無駄なことを話していないでさっさと寝ろと言う意志表示だ。しかしどうにも、それはただ怒って睨んでいるようにしか見えない。 先ほどから布団の上で恐縮し続けているに、リューグはいい加減腹が立ちそうだった。これでも譲歩しているのだ。なにせ彼女には借りがある。それもただの借りではない。命の借りだ。 それならここまで運んで治療をしたぶんでチャラだと、に言えばそう返してきそうなものだが、そもそもリューグが無茶さえしなければは怪我などしなかったはずなのだ。それを十二分に理解しているからこそ、借りはなおに歩がある。そうリューグは考えていた。 「…いいから、」 その言葉にが首を傾げる。 「寝とけ。」 言い終わるか終らないかの内に、さっとは布団を被って横になった。そこまで自分は怖い顔をしているだろうか。少し複雑な心境になりながらも、が布団に落ち着いたのを見てリューグも扉に背中を預ける。 しんと沈黙が落ちる。 窓の外のひかりが明るい。いつもこの時間帯、村では駆けまわる子供の声や、都会のように煩いほどではないが、ささやかな人々の活気にあふれる声が、静かに満ちていたものだのに。 しんとしている。 緑のひかりが床に落ちて、変わらないのに、変わってしまったことを、泣いているようだった。リューグの頭の中に、自然と思い出される、常の村のさざめき。子供の声、大人の声、誰のものか聞くだけでわかる。小さな村だ、みな顔見知り。歩けばだれもが、笑顔で声をかけてくる―――。 「リューグ、」 思考を遮って、控えめなの声が届いた。 はっと顔をあげたリューグが見ると、は横になったまま天井を見上げていた。なにかそこにあるかのように、じっと見つめながら言葉を紡いでいる。 「寝てろ。」 「…眠れない。」 「…、」 「あのね、リューグ。」 ぽつんと静かな部屋に転がった声。 不思議な響きをしていると思った。囁くように遠いのに、どこか近い。 「助けてくれてありがとう。」 お前がその言葉を先に言うのか。 ほんとうはずっと、言いだすタイミングを窺っていた彼が、目を大きく見開く。その様子は、じっと天井を見ているには見えないためだろう。彼女はそのまま、言葉を続けた。 「はぐれだし、ついてくんなって言われたのについていこうとしたし、勝手に横から手ぇ出したし―――あ、そのことについては謝らないからね、君は無茶をする―――、私が"鬼"になったのを見たのに怖がらずに、それにずっとつきっきりで看病までしてくれて、心配もしてくれる。…ありがとう。」 「ば…っ!」 リューグは馬鹿野郎と怒鳴りそうになった。先に言われてしまったら、いつ、自分が最初に助けられた礼をすればいいのだ?怒ったようにすら見える彼の様子に、それでもは、天井を見ていて気づかず、言葉はすらすら流れるばかり。どこを見ているのだろう。ふいに不安になる。 「リューグはこれからどうするの?」 「…とりあえずはここに残って、ジジイが村のやつらを弔うのを手伝う…つもりだ。」 「ここではなにか、かなしいことがあったんだね。」 「…。」 「悲鳴がまだ残ってる。」 天井にが手を伸ばす。白く細い手。なにかを掴むように、あやすように。白い手のひらは暗い部屋の中、外から差し込む緑の光を反射して、花のように見えた。 「その後は?」 リューグには質問の意味がよくわからない。 「その後はどうするの?」 が上半身だけ起きあがって、リューグを見つめる。菫の目が窓の逆行で、光っているように見えた。 この後。ほんとうなら今すぐにでも、斧を持って駆けだしたい。黒い兵士たちを一人残らず切り裂き突き刺し打ち砕いて―――皆殺しにしてやる。この村にしたように。そうして初めて、この胸に今なお燻り続ける黒い炎を、消すことができる。 彼はそう、信じていた。 |