その人の瞳の色はその日の内にわかった。
 部隊内での集会が行われていた屋外の修練場へ、ガション、ガションと重たい音が近づいてくる。ゼルフィルドだ、と誰もがその黒装の機械兵士を連想する。もちろんその通りに、大きな体を入口で屈めながら、屈強な機械兵士が入ってきた。
「ジュウデンは終わったのか?」
「ハイ。滞リナク。」
 親しみを込めて尋ねられた上司と同僚たちの言葉に機械兵士が頷く。やはり人間じみているなと、イオスはその輪から一歩外れたところで思っていた。そして一拍遅れて、その大きな黒い装甲の後ろに、白い人影があることに気がつく。
 (―――――あ、)

「将ヨ、」
 イオスが何か言う前に、ゼルフィルドがもう一度呼んだ。
 それに再び地面に広げられた地図に目を落としていた面々が顔を上げ、それぞれその人影に気がついて目を細めた。装甲の影から進み出たその人が、ぺこりと頭を下げる。黒い髪がゆっくりその動きについて待って、顔を上げたその瞳は、髪と同じ漆黒をしていた。
「どうしたんです、殿、そんなたくさん油を付けて。」
 目を丸くして言われた言葉に、彼女が肩を竦めてわらう。
「私ノめんてなんすヲ手伝ッテモラッタノダ。」
「あーあー、白い服なのにそんなに汚しちまってえ。」
「隊長、いい加減さんにゼルフィルドのめんてなんす用の作業着かなにかを支給しましょうよ!」
「うーむ、軍費から降りるだろうか…。」
「俺の、前の軍服ならありますよ!」
「お前それはただのロマンだろう…。」
 いつになく和やかになった周囲の様子に、イオスはほとんど、いつも以上についていけない。
 わいわいと騒がしく屈強な軍人さんたちに取り囲まれながら、怯えることもなく、くったくのない少女のようにが笑っている。その腕にきちんと畳まれたマントを抱えて、ルヴァイドの前に歩み寄ると、挨拶するように軽く首を横に倒す。それにルヴァイドが 「ああ、」 と返事をして、マントを受け取った。それから彼女が、ヒラリと紙切れを取り出す。
「わざわざ返しに来なくともゼルフィルドに預けてくれればよかったのだが。」
 苦笑するルヴァイドにふるふると首を横に振る彼女の背中から、上司の手の中のメモを覗きこんで、彼の副官であるノルデがわらう。
「相変わらず律儀ですね…というか、私は団長のマントを殿が借りると言うその状況のほうが気になります。」
 そんなからかうような少し陽気な言葉を笑い飛ばして、はルヴァイドの手の中のメモの一文を指差した。それにああ、とノルデが頷く。

「お仕事中にごめんなさい、だそうだ。」
 ルヴァイドだけでなく、今地図を囲んで話し合っていた面々に向けての言葉なのだろう。がぺこんと頭を下げて、それに屈強な軍人さんたちがいいんだいいんだと慌てたり笑ったりする様子はやっぱりおかしい。
 どうやらこのというおんなは口がきけないらしいと理解して、それからあのレイムの養い子であるにも関わらず、みなに友好的な感情を持たれているらしいと把握する。
「それからマントありがとう…って団長、どういうことですか!」
「レイム殿が怒り狂いますよ。」
 もちろんその言葉には隠すこともなく愉快だという響きが含まれている。イオスにとって旧王国の軍人といったら、それこそ機械兵士のように淡々と、粛々として寡黙なイメージしかないものだから、驚くしかない。それからここ数週間の彼らの様子は、自分を警戒してのことだったのだと思い至る。
 なんだ、こいつらも笑えるんじゃないか。
 イオスは思った。そうしたら彼の口端も少し自然に持ち上がっていて、それを今のメモを取り囲んでいる彼らがみれば、同じような感想を抱いただろう。偶然そのイオスの貴重な微笑みに似た表情を見とめたのはだけだった。きょとりと目を開いて首を傾げる。
「…、」
 年上だと思うのだがどうにも仕草が少女のようであどけない。の視線の先に気がついて、ルヴァイドがああと頷いた。

「イオスだ。今度新しく俺の部隊に所属した。」

 簡潔な説明だった。
 それに若干、ギクリと周囲の人間が空気を固くしたのだが、当のルヴァイドはなんとなく苦笑するだけだし、はそれに首を傾げるだけだ。なんとなく近づかせまいとじりじり動いていた男たちの懸念など知らず、彼女はスイと、イオスの前に歩み寄った。
 黒い目、夜の色だ―――。
 上から覗きこまれて、イオスは少し体を後ろへ倒す。追いかけるように彼女の顔が少し寄せられて、ますますイオスが後ろに下がる。しばらくはじっとイオスの目をみて、それからにこりとわらった。
 ほっそりとした手がイオスの手を取る。
『よろしく。』
 指で手のひらになぞられた文字。

『イオスはいくつ?』
 そおっと背中から寄り添ってきたルヴァイドの手のひらに文字を書きながら、が首を傾げる。
「…15歳だそうだ。」
『若い!』
「……そうだな。」
「あーあー、真っ赤になってまあ。」
「あいつもかわいいとこあったんだなあ。」
「…みな、あまりいじめてやるなよ。」
「しかし団長、あのような素姓の者を部下にするなど正気ではありません。」
『どうしたの?』
が気にすることではない。」
 ちょっと固まってしまったあとで、「ふ、ふざけるなあ!」 と良く分からない叫びを残したまま、駈け去ってしまったイオスの背中を見送りながら、交わされた会話がここに。




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