その蒼褪めた白い顔をした男が来たのは、冬の初めだった。 色のない、土気色をした頬は削げている。落ちくぼんだ目。扉の影に立っているせいか、背後になんとなく、不吉な影を背負っているように見える。 男は上から下までを眺めまわすと、ニタリと口端を持ち上げた。 「ほう、あなたがさまですか。」 胸の前で手を握ったまま、は頷く。 「お話はかねがね、我が主や同僚からお伺いしておりますよ。」 いやお美しい、と男が笑う。 「こら、キュラー。」 ふいに背後から声が飛んだ。 振り返るまでもない、レイムが立っている。彼の頬もまた、目の前の男まではいかずとも、青白い。 「あまりさんをおびえさせないでください。」 「おや、怯えさせているつもりはありませんでしたが。」 「あなたはそもそも顔がこわいのです。」 それはひどい、と男が笑う。 後ろに撫でつけた紫がかった黒髪に、切れ長の細い目。決して悪い顔ではないのだが、いかんせん顔色が悪い上に、どこか人をぞっとさせるような怜悧さをその眼差しに湛えている。猩々緋の大きく丸い襟。紫と緑を基調にした服装。 にはそれがあの男と少女と同類であるとすぐにわかった。 「この顔を選んだのはあなたでしょうに。」 「ふふふ。…さん、彼はキュラー。彼もまたガレアノやビーニャと同じで私の古い…ええ、とても旧い、友人…部下、といったところでしょうか。準備が整わなかったので到着が遅れましたが、これでやっと三人そろいました。」 「改めまして…初めまして、様。鬼神使いのキュラーと申します。」 よろしくお願いいたします、とキュラーが慇懃な調子で頭を下げる。 「さあ、さん、ご挨拶して?」 「………。」 少しためらった後で、静かには頭を下げた。 彼女が口をきけないことは承知しているらしく、キュラーは 「はいよろしくお願いします。」 と再びニタリと口を持ち上げる。どうにも薄気味の悪い男だ。三人揃った、とレイムは言った。ならば最初から、この男をここに呼び寄せて、仕事を手伝わせるつもりだったのだろう。前に来た二人について尋ねた時と同じで、この男について聞いたところで、「あなたの知らない頃の話ですから。」 とやんわり微笑まれるだけに違いない。 目の前の男からは、他のふたりよりもずっと、冷徹で不動な、不吉の影のようなものが見える。 あからさまに不審げな眼差しを向けるに、キュラーはなおわらった。 「クックック…嫌われましたな。」 「まったく、あまり怖がらせていけません。」 レイムはご機嫌だ。 変わってしまった以前から、もう16年以上を共にしている。それでなくともわかるというものだ。にこにこと、嫌味も冷たさも含まないレイムの微笑が、以外の前で見られることこそ珍しい。ガレアノがきた時、彼は喜んでもいたが草臥れてもいた。ビーニャがきたとき、彼は彼女のへの態度に腹を立てていた。そうして今、彼は今まで見たどんな時よりも、充足感に満ちた表情で笑っている。 「彼は私の一番信頼のおける部下ですからね…仕事がずいぶん楽になります。」 ガレアノはあれで融通が効かないし、ビーニャは気まぐれですからね、と肩を竦めたレイムに、キュラーが 「苦労をおかけしましたな。」 と頭を下げる。彼らの仕事。レイムがいったいこの城でどんな働きをしているのか、知ろうとすればするほどに謎が深まるばかりだ。 本来議員以外の立ち入れぬ議会に出席し、かと思えば数日城を開け、帰ってきたと思えば部隊に様々な指示を飛ばしている。それがレイムの意志であるのか元老院の意思であるのか、もはや誰にも判別のつかないことだった。 ビーニャもガレアノも、ときおり戦場に召喚師として駆り出されている。が、それはどちらかといえば稀なことで、だいたい城を開けてあちこち飛び回っているようだ。レイム様にお土産、とビーニャがあちこちから持ってくる品は、聖王国のみならず帝国にまで及んでいる。 レイムは、元老院は何を考えているのか―――。 物思いに沈むのその様子を見ながら、男がふいに、目元を弛めた。 「ええ、ほんとうに、おうつくしい。これだけ高純度の悲哀…どんなにか主の助けになったでしょうね。もっとも随分薄れてしまっているようですが …。感謝しておりますよ、様。」 にはその意味がわからない。訝しげに眉をひそめると、おしゃべりが過ぎますよ、と少し微笑を収めて囁いたレイムと、青白い影そのもののような男。 「ほほう。」 クックと喉の奥で男が笑う。 「レイム様、変わられましたな?」 「どこがです?」 「クク…いえ、ちっとも。息災でなによりです。」 少しばかり不機嫌に傾きかけたらしいレイムの心境を持ち上げるように、恭しく男が頭を下げた。撫でつけられた髪がひと房、額にかかって落ちる。 三人目にしてもっとも奇妙な者がきたと、は静かにその横顔を冷たく静まりかえらせている。 |