率先して、がゼルフィルドのめんてなんすを引き受けてくれるのはありがたい、のだが。

「今日はあみだでいきましょう、あみだで!」
「いや、ここは軍人らしくやはり総当たり戦でだな…。」
「それは大人気ないです。新兵にもやはりチャンスは公平に与えなくては。」
 黒の旅団の修練場。その片隅がいやに熱気がこもって盛り上がっている。
 おもしろそうにそれを眺める者、若いなあと目を細める者、反応は様々である。そもそも休憩時間なので、兵たちが集まって何をしていても、別段問題はない、のだが。

「…なにをしているのだ?」
『誰が私にゼルフィルドのメンテナンス用の服を貸すか。』
 手のひらに書かれた文字に、またか、とルヴァイドは半分呆れた顔をした。
 以前もそれで異様な盛り上がりを見せていた若い兵たちの輪から外れて、が 『早くしないとゼルフィルドが待ってるんだけど…。』 と困っていたので、兵たちのことは放っておいて自分の服を貸したらえらい怒られたのである。
 ルヴァイド様!なんでそんな抜け駆けみたいなことをするんですか!いくらルヴァイド様でも許せない!ひどい!ずるい!なんで、ってなんでそんなにきょとんとしてるんですか!ルヴァイド様!いいですか!おんなのこが自分の大きな服を腕まくったりしてもまだ裾が余るみたいな、そんなかんじでぶかっと着ているというその状況!これは浪漫ですよ!浪漫!いいじゃないですか男くさい軍隊生活ちょっとくらい夢見たって!なのにもう!ずるい!ずるい!
 普段は彼が話しかけるだけで緊張するような新兵たちまで、えらく熱のこもった弁を主張するので、思わずかの黒騎士もたじたじとなってしまったのが記憶に新しい。
 よく見れば最近すっかり旅団に馴染んだイオスも、ちょっと真剣な顔で参加していて、ルヴァイドはなんだか思わず溜息を吐きたくなった。最初は、なにをしてるんだ、と呆れていたイオスだったのだが、無理やりっ引っ張り込まれて、気がつけば夢中という流れである。もちろんルヴァイドがそんな流れをしるはずはなし、休み時間に何の話題で盛り上がっても結構ではあるのだが、なんとなく頭痛が、頭が痛い。
 一度却下されたがもう一度軍費からの作業着代が出ないか申請してみようか―――。
 ルヴァイドは若干本気でそう思った。別に軍費でなくとも、自分が買ってやれば良いのだが、そうすると後が怖いというのが、経験から学習済みだ。
 くあ、と小さくが口を抑えて欠伸をする。
殿は大人気ですねぇ。」
 こりゃあ大変だと肩を竦めて笑いながら、ノルデが近づいてくる。
「…そう思うならなんとかしてやってくれ。」
「うーん、若さには敵いません。」
 それに浪漫はよくわかります、と飄々と言ってのけた副官に、ルヴァイドは今度こそ溜息を吐いた。
 その溜息の背後に、屈強な軍人さんたちの野太い歓声が被さってきた。どうやら今日の 『誰がさんに軍服を貸すか選手権』 は、腕相撲大会に決定したらしい。腕まくりをして向かい合うイオスとひと際大柄なヴィゴールが真剣な眼差しで向かい合っているのを囲んで、声援や野次が飛び交っている。体格的にだいぶんイオスに歩が悪そうではあるが、負ける気はなさそうだ。がっちり手と手を組みあって、両者一歩も譲らない。
「まったく、デグレアの騎士があれとは。」
 年長者のロベールがやれやれと首を振り、その隣で古参のフリオが 「いいじゃないか、元気があって。」 と笑っている。
『自分で作業着買おうかな。』
「…あいつらが泣くと思いますよ。」
『何が楽しいのかわからない。』
「うーん、それは、男の浪漫ってやつです。」
 もはや文字に書くのも若干面倒くさいのか、が顔だけで、わかんない、という表情を作った。

「…いっそめんてなんすを他の者にまかせるか?」

 ルヴァイドの提案に、がばっと顔を上げて首を横に振る。
「ダメか?」
 今度は縦に何度も頷く。
「ふむ。」
 この二人に至っては大まかな意思表示がの文章なしでも通じてしまっているのだが、誰もあえてそこにつっこむ人間はいない。
『そしたら私の仕事がなくなってしまうでしょう?』
「仕事?」
『この年でまともに働いてないなんて、私くらいだもの。』
 そう文字を書きながら、が眉を顰める。
 はいわば、旧王国の最高機関である元老院議会の代理人であるレイムの養い子であるのだし、貴族以上と言ってもなんら遜色ない身分だ。帝国と違い、女性の社会進出がまったくといいほど進んでいないこの軍人社会で、給仕や召使などの下働きの者以外に、仕事を持っている娘のほうが珍しい。
 だというのには働くとレイムに駄々をこねて、文官の見習いのようなことも始めたらしい。あくまで見習いのようなことしかさせてもらえず、最初は不機嫌だったようだが、勉強にはなるからと続けているそうだ。
 そんな話も聞いているから、殿ならそんな心配しなくても暮らしてゆけるでしょうに、とノルデが首を傾げて、それにが首を振る。
『私は働きたい。』
 親離れしたいというのが本音なのかもしれない。
「文官の手伝いをしているのでしょう?」
『手伝いっていうより…書き取りだとか、政治だとか、書類の作り方だとかの、そういう勉強を見てもらっているだけ、のような気がする。』
 もっとちゃんと働きたいのだと、その目が言う。
「…レイム殿が許さんでしょう。」
『…だからゼルフィルドのメンテナンスくらい、手伝えるから、手伝いたい。』
 苦々しそうに手のひらに書きながら、が頬を膨らませる。口のきけない分をカバーするためか、この娘は表情の作り方が大きい。それが彼女をいつまで経っても少女のように見せているのだが、かわいらしいのでなにも問題はない。
 それにルヴァイドとノルデは顔を見合わせて、それからぽんぽんとの頭を撫でた。
 子供扱いして!と今にも声が聞こえてきそうな顔で、が二人を見上げる。ふたりはフイと視線を逸らせたり泳がせたりしながら、あらぬ方向を向いた。
 背中でおおと野太い歓声が上がる。
 勝ったアアア!と握りこぶしで雄たけびを上げる今日の勝者、イオス。


「…なんかしっくりっていうか?ぴったりっていうか?」
「心なしか、…なんとなく、ぶかっとはしてるっていうか?」
「…ほら、イオス、お前まだ16?あ、17なんだし、大丈夫だってこれからまだ伸びるって!」
「…うるさいしね。」



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