キュラーが去って十分な時間を置いて、二人は狭い棚から、一人は天井裏から這い出してきた。その人は最後にキュラーを見据えて見送ったままの姿勢で、そこに座っていた。長い黒髪が青い光を受けて仄明るく内側から輝いているように見えた。
「キュラー…やっぱりデグレアに関係していたんだな。」
 マグナのその独り言のようにつぶやきに、と呼ばれていたその人が顔を上げた。なんとなく文字にされなくてもわかった。知っているのか、という少しの驚き。
「名前は、でいいのか?」
 マグナの言葉に、が頷く。
「俺はマグナ。こっちが妹のトリスで、こっちが旅の仲間のシオンの大将。俺たちは蒼の派閥の召喚師で、シオンさんは蕎麦屋もやってるシルターンのシノビなんだ。」
 順々に自分たちを指差して、少しばかり場違いに、和やかな自己紹介。よろしくと似たような笑顔を見せる双子の隣で、あきれたような、しかしやさしい微苦笑のシノビ。両者を交互に見つめた後で、囚われ人もちいさくわらった。
 暗闇の中よろしく、とその口が小さく動いたように見えた。
「俺たちは、今いろいろ事情があって、デグレアの内情を探るためにこうやってこっそり忍び込んできてるんだけど、正直言って何がどうなってるのかさっぱりなんだ。だからもしよかったらさんの話をもっと聞かせてほしいんだけど―――、」
 そう言った兄の言葉を受けて、妹のほうがニカリと笑う。
「もちろんもっと広くて明るくてきれいなところでね!」
 それに目を丸くするをしり目に、「シオンさんなんとかできます?」 と一番の年長者を振り返るふたりに、頼もしい微笑が返った。
「見たところ普通の錠前のようですから―――針金いっぽんで開きますよ。」
 どこから取り出したのか、いっぽんの針金が錠前に差し込まれる。それを唖然と、信じられないというように眺めていたが、しかしそれがすぐにでも開くだろうことを察して首を振る。泣きだしそうな悲しげな表情で、マグナとトリスは首を傾げた。
「このままここにいたらいつか殺されてしまう。」
「そうよ!さっきのキュラー、すごく、怖かったもの…。」

「何か逃げ出せないような理由がおありですか?」
 尋ねながら、しかし手を休めることはなかったシオンの手のひらのうえで、カチャリと鈍い音がした。ギイ、と扉が開く。その人はやはり、すくんだように動かないままだ。おそれている、と言うよりは、どこか迷いがあるようだった。
「ね、さん。私たち、確かにすっごく怪しいと思うけど、信じてほしい。さっきさんの言った、ルヴァイドのことも、私たち知ってるの。敵対していはいるけれど、でも殺そうだとか、そういうことを考えてるんじゃない―――私たち、ルヴァイドを、デグレアを止めたいと思ってる。そのために来たの。」
 そう真剣に口に出したトリスを、が眺めてやはり泣きだしそうなままわらう。
 その指が先と同じように、トリスの手のひらに文字を書いた。
『―――止めるべきデグレアはもうどこにもない。』
「死人しかいない、って言ってたことか?」
 それにが、こくりと頷く。
「まさかルヴァイドたちも―――?」
 今度はが首を横に振って、それに三人は、何故かほっとした。『ただ、』 と白く細い指が文字をつづる。

『あの人たちはそれを知らない。』

 おぼろげながら、あの黒騎士の背景が見えてくる。
 祖国のためと何度も繰り返していたあの男―――では、彼は。
「ひとまず話は、もっと落ち着けるところでするのが良いでしょう。」
 シオンが静かにそう囁いて、脇差を一閃させる。断ち切られた鎖が、力なく床に伸びた。それをその人は、やはりどこか泣きだしそうに眺めていた。
「私たちと行きたくない?」
 不安げなトリスの言葉に、はなにか耐えるように一度瞼を閉じ、それから首を横に振る。『足手まといになるかもしれない。』 その言葉になんだと二人が笑うと、シオンも片方口端を持ち上げた。
「捕まってる女の人を放っていけるわけないだろ?」
「そうそう!」
「あなたはまだいろいろとご存知のようですし。」
 めいめいの言葉に、彼女は頷くように首を傾げる。
 足手まとい、もちろん繋がれて衰弱した女性は敵国の城内に潜入した彼らには足手まといに違いない。しかもどうやら、重要視されているらしい囚われ人を連れ出すなど、リスクは高くなる一方だ。もちろん彼らは、なぜ彼女がそのような目にあっているのかを知らない。しかし知っていても、おそらく躊躇しなかっただろう。
 なんとなくは、その気配を感じ取った。

『連れていって。』

 書かれた文字は力強かった。
『―――私はルヴァイドたちを助けたい。』
 手を引かれて立ち上がり、しかしすぐにふらついた。支えた体の軽さに、マグナはかすかにぞっとする。おにいちゃん、マグナさん、と同時に呼びかけられて、なんとなく次の二人の台詞が想像できたマグナはそれを聞く前に背中を向けての前にしゃがみこんだ。
「おんぶしてあげなよ!」
「おぶってさしあげては?」





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