ああ、とどこかで誰かが、悲鳴とも呻きともつかない慟哭の声を上げるのが聞こえる。 「あ――――ア――――!!」 「なにっ!?」 背中に倒れたり座り込んでいたはずの兵士たちが、劇薬でも飲まされたように、その喉を押さえて、悶え苦しんでいる。 「祖国を失った絶望には、さすがの黒の旅団の精鋭たちも耐えられなかったようですな…クククククッ容易く鬼へと転じて下さいました。」 耳障りな男の声に、何が起こったかを旅の一行は瞬時に悟る。ぜつぼう。そうだ。それが人を喰らう。そこに鬼が、魔が落とされればその絶望を苗床として人を喰らう―――。 「だめ!!!」 誰よりもまっさきにその驚きに立ち向かったのはで、泣きながら絶叫する体に縋った。 「だめ!いや!いかないで!!」 「ぐ、ガアああああああっ、アアアア!!」 「さん離れて!危険です!」 カイナの声にも耳を貸さずに、はもがき苦しみながら形を変えようとしている兵たちのただなかに飛び込んだ。泣きだしそうな目がぐるりともがき苦しむ兵たちを見、いまだ人の姿をとどめているものを見つける。いち、に、―――さんにん。の腕が一番身近な二人に伸びた。 「ぐが、ア、」 「ノルデ!!!」 「ア、」 「!!」 溺れかけた者が、最後の希望に縋るように、の背中に腕が回った。半分鬼へ転じかけている腕の力は凄まじく、の背骨が折れるのではないかというくらいに軋む。けれどこの痛みは、人にまだ縋りつこうと、人の世にとどまろうとしている人間の悲鳴だ。押しつぶされそうな肺を堪えて、は腕をぎゅうと伸ばした。苦しみ、悶える二人の肩越しに、徐々に鬼へ転じていく一人が見える。手が届かない。の伸ばした指先を半分鬼となった目が捕えて、泣くように笑った。 「あ、」 グシャ、とその指先が、の手を取ることなく自らの心臓へ向かった。鬼へと転じかけた体が、ボロリと崩れる。 ―――せめてひとのままで、 そう笑った気がする。 残った二人を抱きしめたまま、が悲鳴を上げる。それにレイムが、うっとりと嗤う。噫、久方ぶりの、あなたの悲しみ、あなたのぜつぼう、なんと美しい。 「なんて―――、」 その賛美の声が、途中でぴたりと、不愉快そうに止まった。 悲哀の後ろに、流れこんでくる、感情のうねり。それが彼には手に取るようにわかる。 私の腕は短い―――そうだ一人だって救えないのだから絶望してしまえばいい。 私の力は弱い―――そうだ、召喚獣とはいえただの人間と変わらないなんの力もない小娘。 私には何もできない―――その通り、だから早く、絶望してしまって。 …でも嫌だ。――――なにが? いやだ。 いやだ、はなしたくない。 しにたくない、 しなせたくない、 ひとでいたい、 かなしい かなしい つらい いきて、 どうして なにもかも なにもか も なくし た ? 「…いかないで。」 の、声だ。 「いかないで!!!!」 ほとんど意味の通じないほどの絶叫だった。 「祓えませ!!」 リンと鈴が鳴り、バシンと強い衝撃があった。 に抱えられたままの兵の体から、ずるりと力が抜ける。圧迫され続けていた気道が急に開いて、は咳き込みながら、それでも二人を離さなかった。重たい。ぐったりと熱い体。 その背中の向こうに、カイナが荒い息のまま立っていた。 「間にあって、よかった―――!」 「あ、」 「鬼に転じて間もないのと、さんの呼びかけに人の世に残っていた部分が多かったのが幸いでした―――、」 「あ、」 ぼろりとの右目から涙が落ちる。 ふたりと抱えたままのの周りで、次々に絶叫ともつかない慟哭があがった。 「なにを―――!?」 ガレアノの驚きといら立ちの混じった声が上がる。 黒鎧の鬼たちが、次々に自らの、あるいは互いの胸を、その爪で、牙で、剣で刺し貫いていた。そのままボロリと、崩れてゆく。 「馬鹿な…!?」 ボロリ、ボロリと鬼が崩れる。ひとの形の、屍ばかり残る。 「…―――見事な、最後です―――!」 何か耐えるように、呻いたシャムロックの横で、ルヴァイドが立ち上がった。 「許すものか…悪魔であろうと、なんであろうと、」 誰にもなにも言う間のないほど、一瞬の動作だった。 そのまま剣を掲げ、大きく一歩、踏み込む。 「俺は絶対に、貴様らを許すものか――――!!!!」 咆哮。 |