ルヴァイドに続いて槍を手に駈け出したイオスを、止める暇など誰にもなかっただろう。そうしてそのことに、うっとうしそうにレイムが軽く腕を一振りすることを止めることができるものなど、おそらくどこにもいはしなかった。 レイムから発された波動を受けて、その剣と槍の先が獲物に掠ることもなく、弾き飛ばされ、その体もろともに吹き飛んだ。地面を抉った力のとおった跡。そこに黒騎士とその唯一の腹心とが倒れ伏している。 おそろしい景色。おそろしい景色だ。 それなのにまるで時が止まったように、すべて、すべてがにはスロウに見えた。腕の中にふたりを抱えて、は立ち上がることもできずにただ目を見開いていた。 ルヴァイド、倒れている。イオスは動かない。 ああ、とどこか遠くで、呻く自分の声が聞こえる。 ああ。 息をするだけでこんなにも苦しい。 一瞬世界が、からもすべて遠ざかる。 「死なないで!このまま、死んでしまったら…さんも…貴方もかわいそうすぎます!」 聖女の、アメルの声がする。紫の光。透き通った金色の、背中の羽。 その光に照らされて、たくさんの知っている者と知らない者との亡骸が、地面に溢れていた。どうして、どうしてこうなっただろう。むかし、昔だ。世界は迷子のに、呆れるほどに優しくて。 かつてその優しさの最たるもの、その具現にも等しかった男が、いいやその形をした者が、わらっている。嘲笑っている。それを守るように、三匹の異形が、悍ましい笑い声をあげて立つ。ビーニャ、ガレアノ、キュラーと呼ばれた、人の皮を“被った”人為らざる者。悪魔。 悪魔。 それらを統べ、屈強な騎士と機械兵士とを袖の一振りで地に沈めたその男。 「貴様は、一体…!」 おや、と声を上げたアグラバインを見とめて、銀髪の麗人がわらった。それこそここが戦場だとは、信じられないような朗らかな笑みは、だからこそその異常さを際立たせた。 「あなたは獅子将軍殿ではありませんか。お久しぶりですねえ、まだ生きておられたんですね。」 「死んだはずだ、貴様は、十七年前、あの森で…!」 「ああ、痛かったですよお?まったく、演技とは言え迫真にせまりすぎです。」 「やはり、貴様は…!」 「ええ、そうです。この体は、とっくの昔に。」 まったく気がつくのが遅すぎます、と心底馬鹿にしきった嘲笑。 「彼らと、同じですよ。」 クイと顎でさされた先で、三匹の悪魔が、嗤っている。 悪魔。悪魔だ。 人の生き血を吸い、その皮を被り、わらうそれ。 かつてのの世界すべて。 「、」 機械兵士が小さくわらった。 何も考えられないまま見上げると、見慣れた漆黒の装甲がを見下ろしていた。 「主ヲ頼ム。」 機械がわらうはずがないだろうか。けれども違う。わらわずとも、たしかに笑んだ。雰囲気でにはそうと知れた。ゼルフィルドがわらっていた。この機械兵士は、いつも、表情に、声音に、音に出さずとも、いつもデグレアの地で、確かに仲間と共にわらって、泣いて、怒り、苦しんで、それでも淡々と生きていた。生きてきた。 止めなくては、と思うのに言葉が出ない。 なにかこれ以上に、恐ろしいことが起きる。「本機ハコレヨリ、自爆ぷろぐらむヲ発動スル!!」視界の隅にルヴァイドが呻きながらかすかに上半身を起こすのが見える。その目はなお、レイムをのみ睨み据えている。その背中に声が出ない。隣の機械兵士が、スッと滑らかな動作で前へ踏み込んだ。 そのまま、一直線にレイムへ向かって信じられない速さで駆ける。 「クタバリヤガレ、悪魔共オオオオ―――――!!!」 カチリと何かが止まる音。 自分の咽喉から高く長く、悲鳴が迸るのをは聞く。被さるように、爆音。土煙が上がる。誰かがゼルフィルドの名を叫んでいる。ルヴァイドだ。喉を絞るように、叫んでいる。 星だ。 泣きはらした目で、はそう思った。 真っ赤な流れ星が、幾つも降り注いでいる。 それを両手で受けて、がふらりと立ち上がった。抱きかかえていた二人の兵を、優しく地面に横たえる動作は母親に似ていた。 「さん―――?」 煙が晴れた先に、レイムが立っている。 |