それは機械兵士の命そのものが起こした爆発の中心にいたような素振りも見せず、巻きあがった粉塵がかかった袖や肩を掃う仕草をしている。凄まじい爆発だった。地面が抉れ、機械兵士自身はその威力の大きさに内側から微塵に赤く燃えて砕け散った。しかしその攻撃の対象であったそれは、かすり傷ひとつ負わずに立っている。
「見て下さい、さん。」
 にっこりという笑い方。
「やれやれすっかり汚れてしまいました。」
 それに吸い寄せられるように、ふらふらとは歩いた。自らの足が砂を踏む音ばかりが妙に大きく耳に付く。
「レイム、」
 その呼び名におやとそれは目を丸くした。
「おろかにもまだ信じているのですか?レイムなどという人間が、この世に存在するなど?」
 それはレイムの顔をして、しかしレイムを嘲笑していた。
「じゃあ、いま、ギブソンさんが言ったことは、」
「ずばりご名答ですよ。」
 の顔色が真っ白に透き通る。
 虚言をばら撒き、姦計を張り巡らせて、人間の心を弄ぶことを何より好む大悪魔。耳慣れない長い名前。いつから。そして、いったいどこから―――?
 そんなのは分かりきっている。
 熱にうなされたあの晩。
 あれが最期だったのだ。
 わたしのかぞく。
 そう囁いたあの声と、優しい目を覚えている。額を撫でた優しい手のひら。それだけがを支えてきたのだ。けれど誰よりも知っていた。レイムが変わったこと。もう“レイム”がどこにもいないこともすべてみな。
 知っていたはずなのに、どうしてこんなに絶望しているのだろう。
 震えているのそばまでゆったりと歩み寄ったそれが、傍目に柔らかい眼差しで見下ろしている。ああ、とくちびるの隙間から洩れた小さな悲鳴の色を、うっとりとして眺めている。
「レイムじゃない?」
 子どものような小さな声に、レイムがその手を伸ばした。竪琴を弾く長い指が、の髪を梳くと耳にかけた。かわいいかわいいとあやすような声音。
「ええ、レイムなどとっくの昔にどこにもいません。」
 知っていたでしょう?とっくの昔に。誰よりもそれを知っていて、見たくないことは見ないふりをして。過去の優しい思い出に縋って。
「でも、じゃあ、」
 あなたは誰なの、と訊ねるその縋るような目を向けられたそれがうっとりと微笑む。
「メルギトス。」
 幼い子供にするように落とされた言葉は、酷く場違いな響きを帯びている。
「さあ、呼んでご覧なさい。メルギトス、と。」
 真っ青な唇がなにごとかを紡ごうと戦慄いた。
 焦がれるように、悪魔がそれを見つめている。

「れいむじゃない、」
 その時と大悪魔との顔に、それぞれ浮かんだ表情を、なんといえばよかったのだろう。

「じゃああなた、レイムじゃないのね。」

 安堵しながら、絶望している。
 その瞬間に、なにかが確かに失われた。針の先より細く頼りない、けれども確かにそれととの間に繋がっていた細い糸が、の方からふっつりと切れた。それがわかる。
 レイムの皮を被ったものが、ひどく傷ついたような無表情を一瞬見せた。興味をなくしたように、にくるりと背を向ける。それと同時に、が花の落ちるようにその場に座り込んだ。迷わず駆けよったトリスとマグナに、それは憐れみにも似た目を向ける。
 許さない。許されない?
 そのような概念を超えたところにいながら、それらの感情をも好む悪魔は酷薄な笑みを浮かべるばかりだ。真実にうろたえ、怒り、絶望する人間たち。筋書きの通りの芝居の終焉。おもしろい、はずだ。なのにこんなにもおもしろくない。
 の目がそれを見ていた。
 そうしてそれは、確かに感じ取る。
 その目の中に、もうレイムはどこにもいない。




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