たゆたう白い光の中で夢を見た。優しい誰かが微笑んでいた。 よく見知った面影だった。どんなにかその懐かしい微笑を求めて、苦しんだろう。しかしそれすら過去のこと。 もうこれで終わりでいいと思ったのに。 はうっそりと目を開ける。 この世で最も狡猾で残虐な悪魔に、この世で最も残酷な復讐をした。最後にたった一人の人間風情を助けて消えてしまうだなんて、 どんなに悔しかったろう。 それでもういいと思った。 の世界は、とっくの昔に亡くなっていたのに。 無責任に世界からはみ出して、落ちた先の世界。その世界は、 の中に初めて、レイムという人を得て動き出したのだ。だがその人はもういない。とっくの昔に弔っていた。そのことに どこかで気づきながら、それでも見ないふりをして、忘れられない、忘れたくないと、その面影に縋って生きてきたのだ。 だがその茶番も遂にはおしまいだ。 かえってどうなるだろう。 自嘲気味に持ち上がった口端を、何かが留める。それはあるいは、遠い少年の呼ぶ声だったろうし、いつかの機械兵士の冷たい手 のひらだったりした。そしてそのずっと向こうで、 の命に連なるものの声がした。それはいつも、に語りかけていた声だ。 もうずいぶん遠くなってしまった。 彼女は自らの後ろを振り返り、戦慄すらする。 こんなに遠くに来てしまった。 小さな月の世界から放り出されて、この世界へ来た。巻き戻された時間をやり直し、もはや元の時間すら通り越した。なにもかも なくしたと思っていた。 「レイム、」 迷子のように名前を呼んだ。もういない人の名。 返事はなく、しかし気が付くと手の中に竪琴があった。いつも彼が抱えていたたったひとつの音楽だった。腕の中で細かく震えて、 竪琴が勝手に歌いだす。銀の音。ずいぶんと久し振りに聴いた――――。 は一心にそれに耳を傾ける。 歌っている。 。、私のたったひとりの家族。おこってもいいからしんではいけません。なかれるのはこまりますが、それでもやっぱり しんではいけません。しんではいけません、。それでもあなたは――― 「いきなきゃ。」 そうだ、いつだってレイムは、にそう語りかけていた。 歌はうたえますか?では一緒に行きましょう。髪、私が梳いてあげましょうか。寒くはありませんか?ほら、 さん、夕焼けですよ、きれいですねぇ。好き嫌いはいけませんよ。これはマナです。お月様のお話をしてあげましょう。 そうやって、いつも優しく、界にはぐれてひとりぼっち、なにも持たずとも、なにもなくとも、悲しくたってつらくたって。生きな きゃ、と。 遠い過去から、語りかけてくる声がある。懐かしい声だ。死んでもなお、その声のこだまが、彼女をとりまいていた。 生と死のはざまですら、こうして出会うことができる。そのメッセージは、徹頭徹尾彼がもはや失われたことをも意味していたが、 それでもなお、 を守ろうと優しく語りかけてくる。 いきて、といういつかのこだま。 「わたしはいきなきゃ。」 顔をあげたが、竪琴を抱いて泣きながらわらった。こんな永遠を知らなかった。 「だいじょうぶ、だってレイムはかえってきたわ。」 竪琴を見下ろす。彼の唯一の、所有物であり財産だった、彼そのものの音。ほろほろと空気にほどけるように、銀のおとが鳴る。 光り輝く。歌うようにわらいながら。すべて白銀に透き通って。いきて、わらって、かなしいもさみしいもみんなあなたのためのもの、 あなただけの、あなたのもの。だから、さあ、わらって。いきなきゃ。しあわせに、いつまでも、ずっと。透き通るような、琴線の 震えが、広がってゆく。 自然の、くちびるが動いた。 銀色の旋律に、真っ白な歌が重なる。 かつて少女だった、うたうたいの歌。きみのためのうた、いつもうたうよ。命のかぎり。きっとこの体が尽きても、魂はうたう。 ここは異界の地。魂の巡る、ひとつの園。 それは彼と彼女の、真実のうた。 優しい風が彼女の髪を撫でて通る。いつか君とこうしてはなしたね。草原は緑、リィンバウムの空は青い。誰かの溜め息に似た、 やわらかい風が吹く。風の生まれるところ、背中のほうを振り返ると、いつでもそこであの遠く懐かしい、優しい日々が揺れている。 手を振っている。 どうかいつまでも、ときのゆるすかぎり、そこでそうして、うたっていて。どうかいつまでも、いきていて。そう言って。 そうすればきっと、それこそが永遠という場所に繋がる。そこから枯れることのない泉のように、うまれてくるものがある。 優しい歌、竪琴が鳴る。うたおう、と囁く。 詩歌いと銀の髪。いつまでも、ここで。 |