「で、ぐ、れ、あ…デグレア?」 白く細い指で指された地図上の文字をたどたどしくが読み上げると、正解です、とレイムが丁寧にうなずいた。 もうは、だいぶんこの世界の文字が読めるようになった。召喚獣というやつは、便利なもので、異なる世界から呼ばれても、ここリィンバウムで言葉が通じるようになっている。しかし文字だけは、自力で習得する以外に法がない。元の世界で比較的高い教育を受けていたらしい少女の呑みこみは早く、実生活レベルの文字を読めるようにまでなっていた。もちろんレイムの、根気強い指導もあったろうが、そもそもは異界のことを学ぶことを楽しんだ。 「次はデグレアに行くの?」 「ええ。リィンバウム最北に位置する、旧王国の中でも、最も強大な都市です。閉鎖的な国ではありますが、吟遊詩人に国境はありませんからね。」 最後の台詞に、かっこいい、とが手を叩く。 「最北ってことは…寒い?」 「ええ。ほとんど年中雪に閉ざされています。」 「雪!」 顔を輝かせるに、レイムは苦笑する。防寒対策をしっかりして行きましょうね。 「こっちで雪を見るのは初めて!」 「さんの世界でも雪は降りますか?」 「もちろん!」 でもね、雪って降ると、たのしくならない? そう目を輝かせて見上げる少女の頭をレイムは思わず撫ぜていた。撫ぜた後で、「子供扱いしないでよ。」 と機嫌を損ねるかと思いいたってギクリとするが、もう手は頭に触れてしまったあとだから仕方がない。おそるおそる見下ろした先で、しかしの機嫌はいいようだ。その機嫌のよさに甘えて、彼はもう少し、そのさらさらと心地よい指通りの髪を楽しんだ。生糸のような黒髪は、子供独特のやわらかさで、指の隙間を流れてゆく。 「長い道中になりますから、装備もしっかりしていかなければ。」 「またよーへーさんやとうの?」 「そうですねえ…。」 以前帝国へ向かう際に、この先の街道で盗賊が横行していると聞いて傭兵を雇ったことがあった。大抵の難事には、レイムの召喚術で対処できたが、幼い少女を抱えながらとなるともしもの時の不安もあったからだ。その時雇ったのは金の髪をしたなかなか豪快な男拳士だったが―――今頃どうしているのだろうか。愉快な性格をしていて、がすっかり懐いたのが記憶に新しい。「俺にもまだ赤ん坊だがガキがいてなあ!」 とやたらの頭を撫でくりまわしていたっけか。 彼は当たりだった。 傭兵とひとくちに言っても様々な人間がいるから、雇う際には注意を払うことが必要だ。多少高い金を払っても、契約をしっかりと守り、護衛を遂行してくれる、義理堅い傭兵が最良だ。 しかしデグレアは閉鎖的な街だから、あまり剣士のようないかついいでたちの人間が一緒でないほうが警戒されないかもしれない―――。 考えを巡らせながら、とりあえずレイムは街へ向かって歩き出す。とにもかくにも、旅費を手に入れなければ。しかしまあ、そもそも急ぐ旅ではない。もうしばらくこの長閑な街でのんびりして行こう。うららかな日差しに照らされる道をゆっくりと歩く。銀の髪がふうわりと風に靡いた。竪琴の弦、いっぽんいっぽんが、光を集めて何事か囁いている。 「ゆきだるまつくろうね!」 追いかけてきて並んで歩き出したがふふふと笑った。 …おや、これは少しばかり急いだ方がよさそうだ。 すっかり頭の中は一面の雪景色の少女の頭を、彼はもう一度だけ、そっと撫ぜた。 「ふふ、さん、子供みたいですよ、」 「見た目はね!」 |