娯楽の少ない雪に閉ざされた街に、訪れた吟遊詩人はすぐさま評判になった。
 美しい青年が竪琴の弾き手で語り辺をした。その声は優しく雪のしじまに染み込むように饒舌だった。歌い手は美しくまだおさない少女で、これがまたうまかった。さらには誰も聴いたことのないような、不思議な調子の歌をうたうので、ますます評判は高まった。
 時折その歌は節回しだけではなく言葉すら聞きなれぬ異界のものであったが、それでもどこか懐かしく、美しい旋律をしていた。ときおり少女と青年はその歌の意味する物語をかたりもしたが、耳を傾けているだけで、なんとなく意味はわからずとも色や感情がにじんでくるような気がした。
 灰色のローブを被った二人の吟遊詩人。

 それをとある屋敷の、少しばかり体が弱く、外に出られない奥方がお聞きになって、聴いてみたいわと少女のようにほほえまれたので、それを目の当たりにしたその旦那様は、次の日には使いをやって吟遊詩人と小さな歌い手を呼ぶことにした。そうしてその知らせを受けて、大きなお屋敷の門の前で、カッチコチに緊張している少女とそれに優しく苦笑している青年がひとりずつ。
さん大丈夫ですか?」
「だい、じょー、ぶ!」
「…じゃなさそうですけど…。」
「だいじょーぶなのっ!」
 はいはいと苦笑すると、ぎゅうと繋がれた小さな手に力がこもった。見下ろした先でまぁるい頬が緊張で赤くなっている。
 街角や宿屋、酒場ではなくお屋敷に招かれて歌うことが、今までになかったわけではない。ただこんなに立派で、こんなに大きく、その主がまた立派なお屋敷は初めてだった。この都市国家の双璧と呼ばれるその片壁、鷹翼将軍レディウス閣下直々のお召しである。無邪気なだけの子供なら、大きなお屋敷!と単純に感動できただろうに、なにせ精神年齢が見た目にそぐわないものだから(正しくは精神年齢に見た目がそぐわないのだが)、将軍だとかここが厳しい軍国だということだとかが、彼女の緊張を大きく助長していた。なにか失敗してその場でバサーッと切られたらどうしよう、と昨晩泣き出しそうになりながら夜中に揺り起こされて、彼はうっかり笑ってしまってひどい目にあった。
 眠るまで何度も何度も、いつもよりたくさん練習と打ち合わせをしたというのに、はそれで余計に不安になったらしい。閉ざされた雪国の、閉塞的で、少しばかり軍国主義に傾き気味の風潮は、にはなじまぬものであるようだ。それがますます、彼女の精神を不安定にしている。
 だいじょうぶですよと宥めて落ち着かせて、ようやく朝食の席では元気も回復したと思ったのだが。
 覗きこんだ顔色は、お世辞にも良いとは言えない。

「では行きましょうか?」
 うんと頷いた頬は固まっていて、ふむ、これではいけないと彼は首を傾げた。肩から銀の髪がさらりと毀れる。
さん、」
「なに?」

「はい!深呼吸!」

 突然常にない大きな声で、万歳の形をしたレイムに、つられてがびっくりした顔のまま両手を上げる。大きなお屋敷の門を潜ったところで万歳しあっている青年と少女は、なんともおかしな微笑ましい様子をしていたが、さいわい誰にも見とがめられることはなかった。
「背伸び!」
「せ、せのびー!」
「大きく息を吸ってー!」
「すう!」
「はい、肩を下ろす!」
 ストンと両手を落として、それから二人はまじめな顔でまじまじとお互いを見やる。あくまで真剣なレイムの顔と、びっくりしたまんま目も口もポカンと開けたままのと。しかしそれは長くは続かずに、やがて二人は声をたてて明るく笑いだした。もう大丈夫。本当は少し、彼も緊張していたのだけれど、それは内緒だ。もう一度手を繋ぎなおして、では今度こそ、と微笑んだレイムにもニカリと歯を見せてわらった。





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