広間の入口に立った青年と少女は、噂にたがわずうつくしかった。
「かの高名な鷹翼将軍様とその御家族の前で演奏させていただけるとは、光栄です。」
 吟遊詩人のほうが、サラリと頭を垂れる。洗練された貴族の仕草だ。おや、と思ったが深くは追求しまい。
「どうぞ固くならずに。畏まられるのは正直苦手でな。」
「そう言っていただけると助かります。」
 頬笑みながら、吟遊詩人が傍らの少女の背中をポンと小さく叩く。まだ幼い少女は、少し緊張した面持ちではあったがしかししっかりと将軍を見上げて、微笑すると頭を下げた。それをやわらかい眼差しで見守っている青年を見とめて、将軍はほほえましい気持ちになる。
 異界の歌をうたう少女と竪琴を爪弾く銀の髪の吟遊詩人。美しいかたちをした、少女と青年。
 街の噂をメイドからでも聞きつけたのだろうか、聴いてみたい会ってみたいと少女のように顔を明るくする妻の願いに彼は頷いた。体が弱い彼の妻は、もうずいぶんと長いこと臥せっている。彼女の希望はなるべく叶えてやりたいと、将軍はいつでも思っていた。
 そこでさっそく使いの者をやって、屋敷へ招いたのだが、想像していた以上に少女の幼いことに驚いた。まだ、むっつかその辺りをすぎた頃だろうか。自分の息子よりよっつか、いつつは年下だろう。黒い髪はリィンバウムの者には珍しく、異界の歌をうたうというのだから召喚獣なのかもしれない。
 しかし青年との仲睦まじい様子は、親鳥と雛のような、年の離れた兄妹のような、召喚師と召喚獣というにはあまりに優しい雰囲気だ。髪と同じに黒い目玉が、興味津々といったようすであちこちを見まわしているのに、将軍はもう一度やわらかく笑みを深めた。
「ではこちらだ。」
 主自ら先に立って、奥の間へと促す。青年は静かに、ゆったりとした動作で後に続き、少女がとことこと最後尾について歩く。その間も、青年はときおり少女を振り返り、少女は青年を見上げてなにやら指さしたりわらっている。妻が気に入りそうだなあ、と将軍は案内しながらしみじみ考える。なにせ奥方と来たら、明日の遠出が待ちきれない子供のように、朝からそわそわしっぱなしだった。この二人の様子なら、きっとますます子供のように喜ぶだろう。
 そうやって喜ぶ奥方を想像してほっこりとしている将軍も将軍なのだが、生憎とここに、それを突っ込む人材がいない。
 扉を開けると彼女はすでに暖炉の前の長椅子に腰を下ろしていて、将軍の姿を見とめるとぱっと顔を輝かせて立ち上がった。
「まあ!」
 その目はすでに、将軍の後ろから現れた青年と少女にくぎ付けである。初めましてとやはり優雅に貴族式の礼をした青年に歓迎の言葉を述べながら、彼女はにこにこと少女を見下ろす。

「まあ、ちいさな吟遊詩人さんね。」
「いいえ、わたしはただのうたうたい。」

 歌うような、節回しで、少女が囀った。
「私は吟遊詩人のレイム、こちらは歌うたいのさんです。」
 少女の囀りに合わせて一度青年が芝居めいた台詞回しで礼をする。合わせて少女もくるりと回って礼をした。
 それに笑みを深める奥方の隣で、先ほどから彼らの息子がちらちらと将軍の方を見ている。彼によく似た面差しをして、暗い緋色の髪。白い雪の中に立てばよく映えるだろう。彼にはもちろん、息子が挨拶をする機会を窺っているのがわかった。
「ご子息ですか?」
 将軍が声を発する前に、その姿を見とめて、青年が首を傾げる。
「ああ。ルヴァイドと言う。」
 大きな手のひらに招かれて、彼の息子はは小さく駆けよってくると、銀髪の吟遊詩人にひとつ騎士の礼をした。
「ルヴァイドと申します。」
「おや、もう立派な騎士殿ですね。…おいくつです?」
「今年で十になります。」
さんとは五つくらい違うんですねぇ。」
 少女は何か言いたげな顔をしていたが黙ってコクリと頷いている。それになにやら青年がやわらかい微苦笑のようなものを浮かべながら、ずっと小脇に抱えていた竪琴を抱えなおすとポロンと鳴らした。

「…ではさっそく、お近づきのしるしに一曲。」

 それに少女がしゃんと背筋を伸ばして、奥方はわくわくと元の長椅子に腰を下ろして、息子がその隣に座る。将軍はゆっくりと暖炉の前に移動した。ここからだと、自分の家族の背中も、歌う二人もよく見える。
 ほろほろと星を降らせるように、竪琴が鳴り出した。外は丁度日も暮れて、静かな雪の夜だ。やがて少女が、小さく口を開く。




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