将軍一家は、それはすばらしい観客だった。特に奥方は、お話でハラハラするところではしっかり息を潜めて胸の前で両手を組みつつ固唾を呑んで聞いてくれたし、手拍子もくれた、笑うところではお花みたいな笑い声をあげて、歌い終わったあとたくさんの拍手をくれた。 まだドキドキしているなあ、と一度自分の胸に小さく手を当てて見ているの隣で、すっかりくつろいだ雰囲気で大人三人が談笑している。ひとしきり歌と物語を楽しんだ将軍夫婦は、今度はレイムに、各国の状況や旅の様子を聞きたがった。閉ざされた北国において、旅人は、とくに諸国を放浪している旅人などは珍しく、それでいて貴重な情報源だ。請われて断る理由もなく、レイムは快く、彼らの質問に答えている。はそこまで地理のことや政治のことがわかるわけではないし―――そうなるとそう、退屈だ。 歌い終わったあと独特の高揚感に、体がぽかぽかとしている。 おくがたさま、きれいだなあ。 ほわんと今もレイムの話に顔を輝かせている女性の横顔を見ながら、もう一度頬を弛める。きれい。お花みたい。 ふいにひょっこりと、の視界に暗い緋色が飛び込んできた。 ちょっとびっくりして目を丸くすると、向こうもびっくりしたのだろう。同じように、目を丸くして、少し仰け反った後で、罰が悪そうに肩を竦める。ルヴァイドと名乗った将軍の一人息子だ。利発そうな目をして、両親の血を継いで涼やかな顔立ちをしている。彼にもまた、大人たちの会話は少しばかり退屈なのだろう。お互い様子を窺うように見つめ合って、最初に動いたのはのほうだった。 見た目は彼女の方が年下だが、一応精神年齢は年上だ。少年が少し緊張しているのを見てとった彼女は、とりあえずにこりと笑ってみる。それにほっとしたように息を吐いて、少年は首をことりと傾げた。 「名前は、でいいのか?」 「うん。あなたはルヴァイド。覚えた!」 言ったあとで、様なぞつけた方がよかったのだろうか、と思ったがもう遅い。にこりと笑ったに、少年も笑みを返してくれたので、勝手に(見た目は)子供だしいいや、ということにする。 「たいくつではないか?」 こっちへおいで、と年長者らしく暖炉の前へ招いてくれて、とってもいいこだ、ただでさえポカポカしていた気持ちが、さらにあたたかくなる。とことこと歩いて、ルヴァイドの隣に腰をおろすその後ろ姿を、テーブルに向かい合った吟遊詩人と将軍夫婦が微笑ましく見ていることに、もちろん子どもたちは気づかない。 「…歌、」 「うん?」 「その、…とても、上手だった。聞いたことのない歌ばかりで、びっくりしてしまった。はすごいな。」 年頃の少年らしく、少し言葉に困りながら、それでもたどたどしく感想を述べてくれる。素直な賛辞には照れるより前にうれしくって、思わず顔中がえがおになってしまう。ありがとう、とうれしそうにわらうその顔を、お花みたい、と少年が思ったこと、は知らない。 「の歌はぜんぶレイム殿かが作ったのか?」 「ううん、わたしのいた世界の歌だよ。」 「世界?…では、は、召喚獣?」 びっくりして尋ね返された言葉に、そう、と頷きながら、がルヴァイドに顔を寄せる。はぐれなの、と小さく囁くと、さらに目をまん丸くされて、それに彼女は明るい笑い声をたてた。ルヴァイドがそれに、こまったような、てれたような顔をする。本当ははぐれだということは、あまり話してはいけませんよとレイムから言われているのだが、なんとなく、この子供にだったらいいかなと思ったのだ。 思った通り、ルヴァイドは驚いた様子を見せただけで、そのまっすぐな眼差しが変わることはない。 「召喚されて落っこちたのがレイムの真上だったんだ…召喚した人も見つからなくって、」 「!」 「それで、色々教えてもらったり助けてもらったりしてね、そのままレイムの旅についていかせてもらってるの。子供だし、あんまり役に立てないんだけど、わたし、歌うのは好きだから。」 お屋敷の少年には思いもよらない冒険譚だろう。体が縮んだ、という部分の説明は面倒くさいので省略するとして、そののおおざっぱなこれまでの旅路の説明に、ルヴァイドが目を輝かせる。吟遊詩人の探す真実の唄のこと、レイムが実は音痴なこと、金の髪の傭兵のこと、うっかり道を間違えてとんでもないオバケきのこの群生地に出てしまったこと。召喚術でレイムが盗賊を撃退した話など、ルヴァイドは本当に楽しそうに相槌を打った。 「ではは、もうずっとレイム殿と一緒に世界中を旅しているのか。」 「うん!」 「…すごいな。」 それはほんの少し、うらやむような響きも帯びていた。剣を持ち、のいた世界では物語の中だけにある広大で不思議たっぷりの世界に暮らす少年なのだ、もちろんのこと、その世界に飛び出して冒険をしたいという、その年頃に相応しい欲求があるのだろう。なにせその欲求と衝動に従って、家出の挙句本当に吟遊詩人になってしまった誰かさんがいる世界なのだ。 「ルヴァイドは、騎士になるの?」 「ああ。」 それに先ほどまでのうらやむ調子はすっかり消えて、誇らしげにその瞳が輝く。 「私も、父上のような立派な騎士になりたい。」 少年の話し方はしっかりとしていて、噫ほんとうにそう願っているのだ、信じているのだと感じさせるような美しい響きをしていた。 「なれる!」 思わずは、なにも考えず立ち上がってそう大きな声を出していた、それくらいには、ルヴァイドの言葉にこもっていた熱意は本当だった。それにてれくさそうに、ルヴァイドがわらう。まだ十歳なのに、と見た目六つのはしきりに感心して何度も頷いた。 「なれるよ!」 「…ありがとう。」 はにかんだ少年の微笑にもにっこりと微笑む。 「は大きくなったらなにになるんだ?」 「わたし?ええっ、そうだなあ…考えたこと、なかったな。こっちの世界に来てもう2年…じゃなかった、二巡りくらいになるのかぁ…帰れない、ってことは、やっぱり、うーん、将来のこと、考えなきゃいけないよね…うーん…。」 「はまだ六つだもの、ゆっくり考えればいい。…レイム殿のように、吟遊詩人にはならないのか?」 「うーん、吟遊詩人かあ。…でも、まあわたしのことは置いといて、まずはレイムの真実の唄、見つけなくっちゃ。」 「それってどこにあるんだ?」 「んー…わかんないけど…。」 腕を組んで悩み始めた子供ふたりを、やっぱりテーブルから大人たちがにこにこ見守っている。のほほんと眺めている将軍夫婦の隣で、なんとなく娘を持つ父親の気持ちがわかるような、吟遊詩人がひとり。 |