デグレアを訪れてから、にひとつ、日課が増えた。 彼女と旅を続けて季節は三巡り目を迎え、もうすっかり彼女の兄のような、父親のような、心づもりでいるレイムには、微笑ましいような、なんだかすこし、もやっとするような、それでもやっぱり、かわいらしい日課。 「さん、またですか?」 「ん?まただよー。」 紙とペンを握りしめて宿屋のテーブルに向かうに、レイムがなんとなく複雑な微笑を向ける。デグレアで演奏に招かれた屋敷の少年と、すっかり仲良くなったは、デグレアを離れた後もこうして時折、手紙を書く。からしたらこの世界で初めてできた"友達"であるので、なんとなく娘のいるお父さんのようなせつない気分になるから、という理由で手紙を書くのを止めさせるわけにもいかないし、その手紙を相手の少年だって楽しみにしているのも知っているし、もちろんそんな養い子をかわいいと思わないレイムではないので、やっぱりお父さん、ってこんな気持ちでしょうかと、胸の中ひとりごちるしかないのである。 「ちゃんと書けてるかみてください!」 「はい。」 紙を受け取ると、期待のこもった眼差しが見上げてくる。この日課は、にとっては良い文字の練習にもなっているようで、最近めきめき読み書きのレベルが上がっている。こうやって手紙の中味を見せてくれるうちは、まだいいんでしょうねえ。だなどと考えている心境が、立派にお兄さん通り越してお父さんなのだが、生憎レイムの心の中の呟きにまで、つっこめる人物はいないから仕方がない。 「えーと、はいけい、ルヴァイドさま…、 おげんきですか。 このあいだおてがみしたのは、もうみつきほどまえですか?ていこくにいっていたので、レイムにここからきゅうおうこくへはおてがみかけないんですよ、っていわれたのです。ざんねん! いまは、せいおうこくとていこくの、まんなかくらいにあるちいさなしゅくばまちにいます。なつのはながいっぱいさいててとってもにぎやかです。おしばなをつくったのでおくります。デグレアにはきっと、さかないはなだとおもうの。デグレアには、はるとふゆしかないときいたので、なつ、おすそわけです。 こっちはほんとうにあつくてあつくて、まいにちひかげでうたっています。あつくてかみのけ切ってしまおうとなやんだのだけど、さんが切ったら私も切ります、ってレイムにおどされたので、切るのはやめます。わたしのいたせかいのわたしの国のひとは、だいたいみんなわたしのようなくろいかみだったので、わたしはとっても、このせかいのひとたちのきれいな目だとかかみだとかのいろがすきなのです。レイムのかみはふゆのおつきさまみたいでとってもすき!ルヴァイドのかみもとってもきれいだから、のばしたらいいとおもいます。レディウスさまみたいに後ろでしばったらとってもかっこいいとおもうの。 おてがみ書いているあいだもあつくてお水をいっぱいのみました。いまデグレアにいけたら、まずあたまからゆきのなかにとびこみたいなあ。」 ここでレイムは笑ってしまって、にポカリと叩かれた。 「だってさん、あなた、いくつですか。」 あははと彼の笑いがひっこむことはない。 「見た目ななつの中身…じゅう…う…いいじゃん見た目ななつなんだからー!」 「最近さん、諦めてきましたね…ふふ、」 「もうー!いいのー!手紙読む相手は十一なんだし!」 「ずいぶんしっかりした…十一歳ですが フフ、あ、痛い、痛いですよさん!」 怒ってぽかぽか背中をたたかれながら、レイムがわらう。ほんとはちっとも痛くないのだけど、そうでも言わないとおかしくってもっとわらってしまいそうだからだ。やっとわらいがおさまって、のふくれっつらが直ったところで、レイムは手紙を返してやる。 「帝国、という名称を入れるのも控えたほうがいいでしょうね…検閲があの国はありますから。」 「ええ!じゃあなんてかけばいいの?」 「ぼんやり南の方に行っていたとでも書いておけば、将軍か奥方かが察して下さるでしょう。」 そうかあ、書きなおしかぁ。そう言って紙を見つめなおした養い子の頭に、うっかり手をやって、彼はもう一度、ポカリと叩かれる羽目になった。 |