くらやみにぼんやりと、意識が浮上してくる。 てのひら。 白い手のひらが額を撫でている。ランプの明かりだ。やわらかい光。急に息苦しさが薄くなって、視界がクリアになる。咽喉を塞いでいた熱の塊が、するりと解けたような気分だ。ぼんやりと目を開けると、やはりレイムが、優しい眼差しで見下ろしていた。この世界に来てから、自分の額を撫でてくれるような手を持つ人間を、はひとりしか知らない。 「…れいむ、」 呼ぶ声が掠れた。ずいぶんと、咽喉を使っていなかったことに気がつく。 「咽喉、乾きませんか?」 穏やかな、静かな声音だ。夜なのだろう、小さく発せられた囁きは、静寂に染みいるように広がっていく。乾いた砂に水が吸い込むのにも似ている。暗い夜に月光が広がっていくのにも。いつになく優しい声音に素直に頷くと、背中に大きな手が差し入れられる。ふかふかのクッションをマットとの隙間に詰め込んで上体を起こされたところで、コップに入った水を差しだされる。 「…自分で飲めるよ。」 「病人がつべこべいうものではありません。」 「うえー、」 女の子がうえーと言うものではありません。そう笑いながら傾けられたコップから、ごくごくと水を呑む。やはり乾ききっていた咽喉に、それは消えるように吸い込まれてしまって結局は二杯三杯と杯を重ねた。 「よく飲みますねえ。」 「……いける口ですから。」 その様子ならもう大丈夫そうですねとレイムがわらって、クッションに体重をまだ夢うつつで預けていたははっと身を起こす。 「お金!」 「はい?」 レイムは常と変わらずきょとりと首を傾げるばかりだ。 「お金、どうしたの!?」 まさかと眉尻を吊りあげたに、レイムが肩を竦めてわらう。 「お金は手に入りませんでした。」 「えっ!?」 「しかし薬は、手に入りました。」 少しレイムが怒られたときの子供がするような微笑を浮かべる。 「…レイム?」 の頬を、レイムの指が撫でていった。いつくしむおとなの、やさしい手。 「さんが助かってよかった。」 「レイム、くすり、」 「…さあ。まだ薬が効き始めたところなのですから、眠らないと。」 毛布を肩まで引き上げられて、確かに彼女はまだ体中だるく、ほとんど今にも眠ってしまいそうな状態だ。それでもは、必死に目をこじ開けて、レイムを見上げた。銀の髪だ。噫この人はこんなにきれい。 「レイム、」 「なんです?」 「レイムったら!」 「大丈夫です。悪いことは、していません。…が、すこし、危ないことはします。」 悪戯っぽく、レイムが笑う。 の髪を、いつもよりずっとゆっくり、楽器を扱う指先が撫でてゆく。それだけでもう、眠くて眠くて、目蓋を開けていられない。ねむってはいけないと握りしめられた指を、レイムがそおっと、いっぽんいっぽん解いてゆく。 「謝りませんよ。」 レイムがわらう。 「あなたのためじゃない、私のためです。」 ランプの明かりに照らされて、彼の輪郭がぼやける。夢が来る。眠りが来る――――ねむってはいけない、指を解く手を握りしめると、の一等好きな困った微笑がその顔に浮かんだ。 「私の家族、」 たったの四年だと、人は笑うだろうか?笑えるわけがない。笑えるはずがない。空から降ってきたおんなのこ。一緒におんがくをつくって、わらってないて、うたって。それから。わたしのかぞく。レイムの眼差しがに降る。 だから私をひとりにしないでください。 手がするりと、抜けていく。 しんではいけません、おこってもいいですからしんではいけません。レイムが微笑んでいる。やさしい菫色の目。その目がはとても好きだ。銀の髪は、灯りを写して金色に見える。 レイム、口の中で呟いた名前は、そのまま解けて消えてしまった。 夢の中で泣いた気がする。白い手のひらがやはり、優しくそれを拭っていった。 |