突然に訪れた吟遊詩人を彼らはあたたかく出迎えたが、どうにも少女の、元気がない。 以前は小さな体いっぱいに明るさを満たしていた花のような少女だったが、今のの風情は、花と言ってもしおれてしまいそうな、儚げな景色だ。屋敷を訪れてから、ひとことも発しない。 「長旅でどうやら疲れてしまったようです。」 心配そうに見下ろす養い親にも、は首を振っただけだった。 手紙では元気そうだったのにな、と2カ月ほど前に届いた手紙の内容を思ってルヴァイドは首を傾げる。 ゆっくり休んでいけばいいと言う将軍と奥方の提案に、麗しい吟遊詩人は首を振った。 「ぶしつけなお願いだとは重々承知しているのですが―――元老院議会に私を紹介してはいただけませんでしょうか。」 「なに?」 「…この国のお偉方が、咽喉から手が出るほど欲しがるだろうものの情報を、手に入れたのです。」 にこり、と以前一度会った時と変わらぬ微笑。しかしどこか、なにかが―――。 「父上はレイム殿と難しいお話をされるようですから、ルヴァイド、さんをお部屋へ連れて行ってさしあげなさい。」 母親の優しい、しかし有無を言わせない提案に、彼はこっくりと頷いた。一年ぶりに会う彼の初めての女の子の友達は、たしかにすっかりしょげかえっていて、すぐに休ませてやったほうがいいと思ったのだ。 「、いこう。」 小さな手を引いてやると、軽い。ことりと頷くは、なんだか少し痩せたような気もした。 応接間を出る寸前に、吟遊詩人が 「さん、」 と声をかけると、少女はビクリと肩を震わせた。そのまま悠然とした足取りで、青年が近づいてくる。 「本当に大丈夫ですか?熱は?」 そう言いながら、しゃがんで額に額を合わせたりと、過保護な様子は昨年となにも変わらない。ただなにか、囁くように彼の口が動いて、それにが、さっと頬を白くしたことに、ルヴァイドは気づかなかった。「初めてのお友達、だいじですよねえ、さん?」 「…だいじょうぶそうですね。では騎士殿、姫を頼みましたよ。」 ふふふと少し悪戯っぽい微笑をされて、ルヴァイドは恥ずかしがればいいのか喜べばいいのか怒ればいいのかよくわからない。だからただ頷いて、の手を引いた。パタリと扉が閉まる。の小さな手が、ぎゅうとルヴァイドの手を握った。 「?」 振り返った先で、黒い髪の少女はじっと目を見開いていた。 それがなんだか、怪我をしたのを我慢しているときの表情と同じに見えて、ルヴァイドはぱっと立ち止まる。 「どうしたんだ?」 ふるふる、と彼女は首をふるばかりだった。瞬きひとつしない目玉が、どうしてだろう、とても悲しい。ぎゅう、と心臓のあたりが怪我をしたときのように縮こまるような気がして、ルヴァイドは心配そうに眉を寄せた。はまだ、首を横に振ってばかりだ。 「どこかいたいのか?」 首を振る。 「しんどいのか?」 ただ首を振る。 「?」 お医者を呼ぼうか、と少女の顔を覗きこんで、彼ははっとする。 繋いでいないほうの手のひらで、咽喉を掻き毟るように、が口を開いたり閉じたりを繰り返している。 「、」 夜のような、真黒な美しい瞳が、ルヴァイドを見る。 ―――わたし、歌うのは好きだから。 かつてそう言ってうれしそうにはにかんだ少女。 こえが、と呟いたルヴァイドの言葉を否定するように、少女は首を振り続ける。ふいに廊下の影が、長くなったように小さな二人には感じられる。デグレアの冬は長い。降り積もった雪は音を吸い込んで膨張する。 「はどうしたのだ?」 「ええ―――サイジェントの東で、疫病にかかったのです。…なんとか命は取り留めたのですが…声が。」 沈痛そのものの面持ちで、レイムは首を横に振る。そう、彼はひとつだって嘘を吐きはしない。ただ本当のことを言わないだけ。たとえばどうして声を失ったかだとか、どうして命を取り留めたかとか。 「なんとか元気になって欲しい―――そのためには、お金がいるのです。恥ずかしいことですが、他にお縋りできる方を思い浮かばなかった。」 淡い菫の瞳。初めてであった時よりも幾分か必死の形相で、その温和な性格に似つかわしくない金策をしている。しかしそれも当然のこと。親が子に、兄が幼い妹にそうするように、この青年が、どんなにかあの幼い少女をかわいがっていたかは、彼らはよく知っていた―――故に。 悪魔がわらうのだ。 |