二翼、双壁と謳われるうちのひとり、鷹翼将軍レディウスの紹介によって元老院議会との謁見を済ませたどの派閥にも属さない我流の召喚師―――レイムの齎した情報にデグレアは食いついた。 「打倒聖王国の切り札、なあ。」 胡散臭そうに空を見上げた大男の隣で、暗い緋色の髪を一つに束ねた長身の男が眉を顰める。 「…レイムを元老院議会に紹介したのは、間違いだった…のかもしれん。」 その言葉に、最初の男が片方眉を持ち上げる。黒みがかった深紅の甲冑は、どこか血の色めいていて、それに戦場で出くわしたのならば、血濡れの獅子と相見えたと相手は肝を潰すだろうと、明るい日中でも思われた。 「お前がそう気に病むことではなかろう。それでもし本当に、彼奴の言うような召喚術を超える力があるというのなら、デグレアにとってまたとない好機ではないか。」 「ああ、そうだ…しかし…うまく言えんのだが…あの男はどこか変わった―――変わってしまった。」 見えない何かに目を凝らすように、眼差しを険しくする男に、最初の男が豪快に笑って見せる。 「レディウス、お前はそもそも心配性が過ぎる。」 その言葉に、レディウス、漆黒の鎧に身を固めた男が先ほどとは違った具合に眉をしかめた。 「そういうアグラバインが楽観的過ぎるんだ。」 「なに、その分お前が心配してくれるのだろう。」 「戦場でお前の部隊まで勘定に入れていては身が持たん。なにせ大将自ら率先して最前線に突撃する部隊だ。」 「なに、危機になるとどこかの部隊が空から急襲するような具合で地を駆けて現れるものだからこちらも安心して突っ込めるというものだ。」 嫌味混じりの言葉にしれっと褒め言葉で返されて、それから二人は顔を見合わせて笑い合った。幼少の砌からお互いに切磋琢磨して剣の腕を磨いてきた相手である。アグラバインとレディウス。この国において神話めいた強さを誇る騎士たちだが、本人たちにあまりその自覚はないようだ。なにせ両名とも、未だに戦場で先陣を走る。それが兵たちから絶大な人気と信頼を誇る理由のひとつでもあろうが、言ってしまえば性分だった。だからこそ清々しいのだろう。 デグレアの空は珍しく晴れて、青い色を覗かせている。 「…いつその森へは?」 「三日後の明朝。」 「ルヴァイドが稽古をつけてもらいたがっていた。」 「ああ、お前の倅は筋がいい。あれは強くなる。」 「…あまり褒めてやるな。図に乗る。」 レディウスの嬉しさを隠せない、しかししかめっつらの言葉にアグラバインが笑いだす。 「今日はルヴァイドはどうした?」 「…の相手をしている。」 「?件の召喚師の娘、だったか?」 「養い子だ。以前は明るい娘だったが … 声をなくして以来目に見えて沈んでいてな。ルヴァイドからすれば妹のような気分でいるのだろう。心配している。」 ふうむ、と顎髭に手をやって、アグラバインが首を傾げる。 「あれか。奥方も気に入って世話を焼いているとか。」 「…………どこで聞いた。」 たっぷり間を置いてからの、少しげんなりとした響きに、やはりアグラバインは再び笑いだした。彼も元来真面目な男であるが、黒鎧の騎士に比べるとかわいいものだ。案の定笑われたことに、レディウスは悔しそうな複雑な表情を浮かべている。なんだかそうすると、ますます奥方と息子をとられて拗ねているようにしか見えないから仕方がない。 これ以上からかうと本格的にへそを曲げるのは、長い付き合いで把握しているので、アグラバインはなんとか笑いを喉の奥へ引っ込める。 「せっかくの良い天気だ。その娘も一緒に外へ出てはどうだ?ルヴァイドに剣の稽古をつけながら、それを眺めるだけでもいい。」 「…お前が教えたいだけだろう。」 あたりだ、と屈託なく笑ったアグラバインに、レディウスも苦笑を優しく解いた。 「飲みこみが早いので教えていて楽しい。まだ十二なのに末恐ろしいことだ。」 「だからあまり褒めてやるなよ…。」 |