レディウス将軍が反逆の咎で処刑された。彼の一族は邸を追われ、デグレアの外れの屋敷に追いやられた。将軍の息子は15になって軍に入ったばかりだ。レイムは、いなくなった二人の将軍の穴を埋めるため、議員の代理人を務めることになった―――。
 の頭の中で様々な情報が分断され、繋がってゆく。
 アグラバインは死んだ。レイムだけが帰った。レディウスも死んだ。レイムだけが残った。
 すべてが目まぐるしく過ぎ去りなにがどうなっているのかわからない。ただわかるのは、すべてレイムがそうしたのだということだけだ。
 レイムが。
 かつてレイムだったものが。

 レイムは変わった。変わってしまった。に薬を与えて出て行ったあの日を境に、まるで別人のようになった。本当にこれはレイムなのかと、彼女はいつも疑って、信じられずにばかりいる。それなのにレイムは確かに、変わる以前と同じようにとのほんの些細な思い出まで共有していて、本人としか思えないようなことまで難なく述べてみせる。
 ああ、あの時のさんたら、顔中泥だらけにして。私が手紙の内容に笑ってしまって、ぽかぽかたたかれましたっけ、痛かったですよ?
 微笑の形も、美しい眼差しも変わらないのに、すべてが以前と異なるのだ。それがには、どうしようもなく恐ろしい。
 レイムに喉を触れられて以来、声がでない。しかしもう、うたう必要はないのだとレイムはいう。元老院議会からの使者―――その権威の代理執行人という立場を手に入れた彼は、もはやうたなど歌わずとも、これからはどんな贅沢だってさせてあげられるのですよとそれはまろやかに笑うのだ。もう寒さに凍えなくてもいいし、盗賊に怯えながら街道を行くことも、野宿をすることも、薬を買う金に困ることもない。
 レイム、でも、わたしはそれが、たのしかったのよ。
 そう言葉を紡ぐべき彼女の咽喉が機能しない。
 レイム、ではあなたが今も大事に抱えている、その竪琴はなんなの?歌わないわたしに意味はあるの?あなたの探して流離った、真実の歌はどこにあるの?
 彼は答えない。ただ沈黙し、微笑している。どこか冷然とした、うそ寒い美しさだ。月の光のようにやわらかだったその銀の髪さえ、今では寒々として凍てついた氷の柱の色に見える。
 わたしは、レイムが、おそろしい。
 この世界に落ちてから、そのレイムだけが、に安心と優しさと希望を齎したというのに。

 レディウスが処刑されたというその知らせに、目を丸くして青ざめたに、今もレイムは悲しそうに微笑する。
「あの方がそんなことをするはずがないと議員の方々にも申し上げたのですが―――なにせ議会の真ん中で剣を抜かれたので私にもかばい立てすることが出来ませんでした。」
 あの方にはお世話になったのに、となお痛ましげに言葉を続けるレイムに、空恐ろしさしか覚えない。じりじりと後退ったに、レイムがにこりと微笑みかける。
「ルヴァイドは軍に残るようですよ。」
 心臓を鷲掴むような冷たい声だった。
 彼女のこの世界で初めての友人。暗い緋色の髪をした、優しい目の、騎士に憧れる男の子。

「あなたの大事なお友達です。…心配ですねぇ?」

 閉鎖的で排他的な、規律の厳しい国。反逆者の息子が、そこで一体どんな扱いを受けると言うのか。
 血の気が失せてゆく少女の頬をどこか満足げに眺めながら、レイムは微笑している。
「会いに行ってもいいですよ?」
 思わぬ言葉だ。それにが、勢い良く顔をあげる。
「それでも彼からしてみれば、あなたは変わらず、私の養い子ですが。」
 の顔が真っ白になるのを、今度こそレイムは、どこかうっとりと眺めている。
 ここはすべて狂った鳥かごのなか。
 希望などとうに去った。




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