ひとつ大きな戦に勝ち、彼らは再び王都に帰ってきていた。
とはいっても、それは勝利とも呼べないものであったが。彼らとてそれを重々承知していた。それと同時に己たちの敵の強大さも、凶悪さもすべて。
だからこそ次の戦いまでのあいだ、彼らはそれぞれに、思い通りの時間を普段と変わらず過ごしている。
「あなたたちの悪い癖よー!」
とは邸の女主人の言葉。
「まじめなのは結構だけどね、今からそんなガチガチになってちゃあ、持たないんだから!ほら!まずはご飯をたっくさん食べること!そうじゃなきゃどうにもならないんだから!」
その言葉に思わず誰もが笑ってしまった。話を聞けば以前にも一度、そのようなことを言っておいて彼女は仲間を囮に敵を罠にかけたらしい。
恐ろしく頼もしい女性だ。
その言葉を聞きながら彼は心底思っていた。
思えば仲間の半数を、女性が占める。そうして彼女たちは、驚くほどつよく、たくましく、したたかで、優しいのだ。もうだめだという状況で、驚くほど彼女らは強い。生来の強さとでも言えばいいのだろうか、生命力の輝きが、どこか違う。女性というものはすごいなあと、思わず夜中に男たちで酒瓶を持って飲み明かしてしまうほどである。
「腹が減っては戦はできぬ、というやつでござるな、ミモザ殿。」
カザミネの言葉に、彼とミモザと同じく先の知られざる大戦を生き延びた鬼道の巫女がのんびりと微笑む。
「懐かしいですね、以前の戦いのときも、ふふ、リプレさんが山ほどご飯を作ってくださって、みんなで夢中で食べましたっけ。」
その言葉にいそいそと、女性たちは楽しそうに料理を始め、なんとなく男たちも解散になった。邸をでるとき、台所からはきゃっきゃと楽しそうな、陽気な声がした。そうしてその入り口に、不貞腐れて座る小悪魔と、こちらは無表情なままの、機械兵士がひとり。
「できあがるまで男子は入るな、だとよ。ケッ!なぁんで俺様がダメであの泣き虫はいいんだ!アァン!?」
「バルレル殿、落チ付ケ。」
「チックショー!」
すごいなあ。
戦争の気配に、王都はいつになく緊張した気配に満ちている。
歩いていると、閉まっている店も多いようだ。ファナンでの戦は、勝ち戦とは呼べない―――聖王国だけでない、リィンバウム全土に牙をむこうとしている脅威に、誰もが気づいていた。
ふと気になって角を曲がった。
様子を見るだけ。見るだけだ。
花屋は変わらず、明るい日差しを受けて開いていた。花は咲き、水路を水の流れる音がする。緑の木々。ここだけが取り残された、平和な世界のように思えた。
時が止まっている―――。
シャムロックは思わず、そう錯覚した。娘がいつかの青い服を着て、店先へ出てくる。花の入ったバケツを抱えて、それを地面に下ろす。
すいぶんゆっくりと、その光景は進んで見えた。光が辺りを取り巻いている。ひどく、しずか。
ふいに鳥の飛び立つ音がして、時の流れが通常に戻った。その音に、娘が顔をあげ、そしてシャムロックの姿を認めた。
「シャムロックさま!」
見るだけ、そう考えていたのを彼は都合よく忘れる。
「こんにちは、。」
そう笑いながら歩み寄ると、もエプロンで手をぬぐいながら店先から出てくる。陽の光の下に出ると、娘の髪の輪郭が金に輝いて見える。
「少しお久しぶりですね、お元気にしておられましたか?」
ええ、と頷きながらがシャムロックを見上げる。今日は甲冑もマントも剣もすべてきっちりと着込んだままだ。いつでも、飛び出していけるように。
「シャムロックさまも。…戦が始まったと聞いています。御無事でなによりでした。」
ほっとしたように、眦を下げて笑う。
その様子に、がらにもなく彼は慌てて少し頭を掻いた。案じてくれていたのだろうか。少し鼓動が、早くなったような気がする。相変わらず娘の背後に、花は咲いている。
「戦のことは御存じなのですね。」
ごまかすように発した言葉に、が真剣そうに頷く。
「もちろんです。王城前に立て札が出ましたし…商売をしているといろいろな噂が聞こえてくるものです。以前から聞き及んでおりましたので、シャムロックさまがあちこちお仲間と旅をしておられるのも、きっとそのためなんだろうな、…あ、と、」
そこまで言って、ふいにはうろたえたような顔をした。
「で、ですから御無事でよかったです!」
それきりは、少しうつむいてしまった。
髪からのぞく耳が赤い。
それに気がついて、彼はこの一大事であるというのに、なんだが全身を駈けめぐるような嬉しさを覚えた。思わず口をぎゅっと結ぶ。そうしないと、音も形もないなにかが、そこから飛び出してしまいそうな気がした。彼の耳ももちろん赤い。
口元を手で押さえながら、彼はうろうろと視線を彷徨わせる。
そして。
「…………、」
目を点にした。
先ほどまで赤くなっていた顔が、サアッと青くなるのを感じた。
花屋の角の壁から、よく見知った頭たちが、団子のように縦に連なって覗いている。そうしてそのどれもが、ニヤニヤとろくでもない笑みを浮かべているのである。
一番上はフォルテ、一番下はごめんなさいという顔をしながらそれでもしっかり赤くなっているレシィ。そして2番目3番目のカザミネとミモザのフォルテそっくりのニヤニヤ顔、同じくごめんシャムロックと苦笑気味のマグナ、その下で瞳を輝かせるアメルとトリス、ミニス。
終わった。
なぜだか彼はその時そう思った。
終わった…!!
「シャムロックさま?」
彼が固まってしまったことに気づいて、がその視線の先を振り返る。ここにがいなければ、地面に手も膝もついて叫びたい。終わった、と。
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