デグレア城の庭に兵士たちの鍛錬の声が響く。いい天気だ。曇りがちな北の空は珍しく青く晴れ晴れとして、注ぐ日差しも温かい。
ここぞとばかりに中庭にはロープが張られ、侍女たちがせっせと洗濯物を干していた。
も小さな体いっぱいに兵士たちのシーツを抱えてよろよろと庭を横切る。
久しぶりの天気に庭の緑も喜んで、葉先の緑が黄色く光に透けて輝くようだった。
なんていいお天気!重たいシーツも気にはならない。石鹸のよい香りがした。ピンと貼られたロープにシーツをしわのないように広げて干していくと、緑の庭一面に四角いシーツが何十枚も、祭りの旗のようにはためいた。少し強い南風が吹いていて、の髪を乱しながらシーツをなでてゆく。
きっとすぐ乾くだろう。
大きく伸びをして、はエプロンの裾をパンパンとはたいて直した。侍女の制服の長い黒のスカートから覗く細い足首。今日のこの気候では上から下まで真っ黒の簡素なドレスに、タイツまではいた服装はすこしあたたかい。ふと視線を感じて、振り返ると、ロープを張った木の中でも一番大きな、すこし盛り上がって小さな丘のようになっている楡の木の下に、ゼルフィルドがまるでクマの人形のように、足を投げ出して座っていた。
この屈強な機会兵士は、(いやむしろ兵たち、とくに黒の旅団の兵隊たちは、)侍女たちだけでなくデグレア中の人間からは付き合いにくい存在だ。しかしは、彼らのことは嫌いではない。そしてもうひとつ付け加えるならば、彼女はこの機会兵士がひどくお気に入りだった。
「こんにちはゼルフィルド。」
ガション、と小さく起動音がして、人間で言う目の辺り、そこで青く光が点滅した。
「… カ。」
「そうだよ。ゼルフィルドなにしてるの?」
訓練はいいの?とたずねた彼女に、ゼルフィルドは木に持もれかけていた体重を少し起こした。
「本日ノ訓練めにゅーハ、終了した。」
「そうなんだ!早いね。」
「今日ハ、19日ト17時間3分19秒ぶり ノ 快晴だったカラな。」
「天気が関係あるの?」
不思議そうに首をかしげたに、ゼルフィルドは自分の隣の芝生を指して、座るカ、と問うた。
これからの仕事を思い浮かべて、(まあ大丈夫そう。)ニヤと笑うとは頷いて隣に腰を下ろす。座った位置からは中庭中が見渡せて、シーツの間を風が通るのが良く見えた。
いい位置取りだ。こういうところが、とてもこの機械を人間くさく思わせるところだ。座るカ、と問うた声のわずかなやわらかさも、はとても人間らしいと思う、たとえ機械だってなんだって、ゼルフィルドはゼルフィルドという生き物なのだ、そう思う。
「太陽えねるぎー ヲ装填スル。」
「太陽…えねるぎい??」
「電気ノことダ。」
「でん…わかんないよゼルフィルド。」
は思わずぷっと噴出して笑った。食事ノヨウナものダ、と噛み砕いて説明しようとするゼルフィルドの声音も、どこか笑っているように聞こえた。(私の願望だろうか?でも、きっとそれでも。)
「あれだ!あのーこの前言ってたデンチ?みたいなかんじ?」
「ソウだ。」
ヨク覚えテいたナ、と言っての頭に撫でるかわりのようにポンと置かれた手は冷たく硬かったがその繊細な動作は滑らかだった。
「ゼルフィルドのご飯はお日様なんだねえー!」
は大きく伸びをして葉を透かして空を見上げる。
桃色にこぼれる日光を飲んで、機械兵士が生きている。それはとてもとてもうれしいような素敵な事実だ。(ゼルフィルドは生き物だ。)その硬い装甲に体をもたれかけてはへへへ、と少し笑う。表面は金属のために冷たいが、内側のほうで稼動熱がこもっていて、じんわりとあたたかさが滲む。
「いい天気だねえ。」
「あア。」
の言葉にゼルフィルドが頷く。それだけでいいじゃないか、おなじ生き物だ。
あまりの心地よい日差しにウトウトしてきて、は目を閉じた。ゼルフィルドも、小さく稼動音をさせて再び木に深くもたれかかる。シュウ、と少し気圧を調整下音が、まるでため息のようだと夢心地でぼんやりは思った。
(おいゼルフィルド!と、……??…何をしているんだ。)(太陽えねるぎーヲ装填中ダ。)(…なんだってそこにがいるんだ。)(寄っテ来タんダ。)(…そうか。(…僕には寄ってこないくせに…!))(眠っテいルな。)(…ああ。(気持ちよさそうな顔して))(イオス。)(ああ、なんだ?)(良イ天気ダ。)(ああ。…そうだな。)
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