二十九


「ええー、それでは、突然ですが佳主馬のかの「だから違う!」なんだよ照れるなよ…はいはい、友達に!」
「かんぱ〜い!」
 万作の音頭で乾杯の声があがる。
 オレンジジュースの入ったコップをちょこんとかかげながら、は人数の多さにびっくりしていた。ここへ連れてこられた時は、広い家に万里子と直美の二人だけだったのに、佳主馬曰くの労働、畑から帰ってきたら増えていた。万里子の娘の理香に、佳主馬の叔父の太助と、従兄の翔太。万里子の弟の万作に、そこの三男の嫁と下の子供ふたり。
「彼女だって聞いてたらぜったいお父さんも来たのにねえ。」
 と直美がちょっと笑って佳主馬を見る。佳主馬の師匠なのだという直美の父―――つまり佳主馬の祖父は、今日は漁業組合の集まりだそうで来られないらしい。女の子だと聞いて電話の向こうで地団太踏んでいたそうだから、ひょっとしたら夜中に来るかもしれない。

 「そうよねえ、7月でももうちょっと月末だとか、せめてお盆入る前とか、連れてくるのがその辺りならみぃんな勢ぞろいしてたのに。」「ほんとほんと!佳主馬ももうちょっと大人の事情ってもん考えなさいよねー!」「あ、ちゃん天婦羅どーぞ!」「まーほそいわねえ今時の子ってみんなこうなの?」「これ、もうさんが困ってるでしょう?」「なにようお母さんだって気になるくせに!」「ねーねー佳主馬とは同じ高校なのよねえ?同じクラス?へえ!席が隣!へえ〜!」「ちょっと佳主馬、どうやって口説いたのよ!」「うるさいな…。」「クッソーどいつもこいつもマセやがって…!」「え、翔太おじさんまぁだ彼女いないんだ。」「いないんだー。」「うるっさいわ祐平も恭平もだま「これ、翔太!座って食べなさい行儀の悪い!」「うっうううっ、もういやだァ夏樹は嫁に行っちまうし佳主馬には彼女ができるし俺もう警官辞める…警官辞めて彼女作る…。」「ギャハハハハなにそれ意味分かんない!」「良平も早いとこ彼女つれてきてくないかしら!」「え〜!いいのぉ由美さん。由美さんの野球の王子様でしょお!」「ちょっともうやだ〜!」「や!ちゃんかわいいねえ!まま、いっぱい!」「えっ」「万作おじさんだめよ未成年にお酒なんか勧めちゃ!」「いいじゃないか〜無礼講だよ無礼講!」「ちょっと警官!なんとか言ってやんなさい!」「うっ、うっ、彼女ほじいいい…」「だめだこりゃあ…。」「やや、うちの佳主馬をよろしく頼むよ!」「えっ、あ、え?」「佳主馬もなかなかやるじゃないかーこんなかわいい子連れてきて!上田に連れてきたってことはあれだろうな。ゆくゆくはうちの嫁にする気だろうな。」「もう万作おじさんほんとちょっと黙って…。」「太助おじさんさっきからなんか静かだね。」「え!いや!うん!なんだかちょっと緊張しちゃってえ!」どっと大きな笑い声。
 は目を丸くして食卓に座っている。
 たくさんの人、人、ひと。これでもMAXの半分にも満たない人数だというのだから恐れ入る。どんどん目の前の取り皿に盛られてゆく料理と、あっちこっちから飛んでくる質問とに、は目が回りそうだった。
 ああ、でも、楽しい。
「…さん箸止まってるよ。」
「あ、うん!」
 慌てて切られたトマトを取ると口に放り込んだ。おいしい。さっき自分でとったやつだろうかと思うと、倍くらいおいしいような気がする。はくはくと箸を進めるにちょっと肩を竦めてから、佳主馬も食事の席に戻ってゆく。たくさんの手、声、笑う人、酔っぱらう人、「ではここで一曲!」「もう!万作おじさん!」
 にぎやか。とてもにぎやかだ。
「うるさいだろ。…これでも少ないから静かな方なんだけど…。」
 また茶碗を持ったまま止まってしまったに、勘違いしたのだろう。佳主馬がばつが悪そうに小さく囁くと、は慌てて首を振った。「ううん!」
 BGMに泣き声が混じりだした。笑い上戸に泣き上戸と、多様なキャラクタが出そろっているらしい。うっかりの声なんて、掻き消されそう。
「びっくりしたけど、たのしいよ。池沢くん、大家族だね。」
 へにゃ、と気の抜けた笑い方でわらったに、佳主馬が片方、眉を下げる。
「ちょっとちょっと!」
 この騒々しさのなかしっかり聞いていたらしい直美が、にやにや身を乗り出してきた。
「なぁに、あんたたち名字にさん付けで呼び合ってるの!」
「いいじゃない初々しくてー。」
「だからそんなんじゃないって…。」
 心底うざったそうな、佳主馬の声が虚しく響く。
「もー!照れちゃってえ!彼女じゃないならなんだって言うのよ!」
「クラスメイト。」
「ええ〜!?信じらんな〜い!」
「…この酔っ払い共…。」
 もう結構な妙齢の女性だと思うのだが、理香と直美が揃って高い笑い声を上げる。
 なんだかだんだん疲労してゆく佳主馬が哀れに見えてきた。白いご飯を口に運ぶ手を止めて、少しためらったあとでは小さく口を開く。
「あの、」
「じゃ〜ちゃん翔太のお嫁さんにしちゃおう!」
「ハア!?」
「彼女じゃないんでしょー!ならいーじゃない!かわいそうな従兄のおにーさんに花持たせてやんなさいって!」
「だ〜か〜ら!!」
「あっ、ムキになってる。」
「あ〜やしいんだ!」
「おっ、なんだ!修羅場か!」
「しゅらばしゅらばー!」

「…あのう、」

 やっとの声が届いた。
 するといっきに、人数の二倍の数の目玉に見つめられることになって、思わずしどろもどろになる。なんだって全員こっちを向くのだ。いや、でも誤解しているのは全員なのだから、全員に聞いてもらわねば意味がないのだ、が、いかんせん数が多い。すう、と一度息を吸い込んでから、は口を開きなおす。
「ちがうんです。」
「なにが?」
「彼女じゃ、なくて。」
「じゃあ婚約者か!」
「いえ!だから!そういうのじゃ、なく、って…、」
 だんだん語尾が小さくなるのは、佳主馬以外の九対の目が、だんだん素面に戻ってまじまじを見つめてくるからだ。泣きたい。それでもは、ぐっと咽喉に力を込める。
「あの、池沢くんは、たぶん、私のこと、心配、してくれて…。」
「…どういうこと?」

「……母さんが万里子おばさんにはだいたいのこと、電話しといてくれてたはずなんだけど。」

 語尾の上がらない疑問文。
 佳主馬のその声に、視線が一気に、の真逆、万里子へ向かう。
「あら、」
 と思わずたじろいだ彼女の上に、さらに佳主馬の剣呑そうな眼差しと、のこまったような眼差しも加わって、これが本当の、四面楚歌というやつだ。。
「お・か・あ・さん?」
 理香の口端がヒクヒクと引き攣る。
「あら。だって。電話で聞いてたけど来てみたら女の子だし、てっきり…。」
 ごく一部から、大きな非難の声が上がった。まだまだ上田の夜は、長い。