三


 桜が咲き始めた道を10分も歩けば高校の校舎が見える位置に彼は住んでいる。朝は低血圧気味で起きられない佳主馬が遅刻したことがないのも、一重に自宅の立地のせいだろう。黒いごつごつした枝から、細かい泡のような白い花がいくつもいくつも―――幾つと認識できないほどぽこぽこと咲き狂っているのは、よく考えると少し不思議な景色だ。ごく微小なものが凝り固まって溢れかえっている光景は、どこか電子的な既視感をも齎す。ひらひらと頼りなく、風に舞う花びらの中、彼はのんびりと校門を潜った。朝練に励む野球部の声がする。体育館からはバレー部の高い声が聞こえた―――世界はどうにも騒がしい。その騒々しさに彼は最近、ふいに気付いた。それもあの、眠る前の一時を、青い静寂(しじま)の世界で過ごすようになったからだろうか。
 朝は光の加減で下駄箱が暗い。その割に地面には、斜めに鋭く真っ白な光が落ちていて、その縞模様の中彼は殊更にゆっくりと進む。夕方には朝とは正反対に、下駄箱は真っ赤な夕陽で明るくいっぱいになる。どちらの時間も印象は異なるが、どこかノスタルジックなことに変わりなかった。
 自分の名前の書いてある箱から、靴を取り出す。
 もう履き始めて三年目になる靴は、汚れてはいたがつま先も踵もきれいに原型を留めていた。急激に背の伸びた中学三年の夏以来、足のサイズはほとんど変わっていない。