五 がなぜ学校にいないか。 それは彼女が、世界的に活躍する若きピアニストだからである。教師の提示した理由は簡潔だった。俺だってチャンピオンなんだけどな、と思っただけで言わなかった佳主馬だったが、代わりにクラスメイトが「せんせー!池沢も世界的なんだけど!」と大きな声を上げて、おかげでどっと大きな笑い声が起こった。 「池沢はアレで生計立ててるわけでるわけじゃないだろ?はそれで食ってるんだよ。」 どこか自慢げにそう言った担任の言葉に、どよと教室が一度大きくざわめいたのを佳主馬は覚えている。 親を早くに亡くした彼女は、しかし自らの腕一本で、生計を立てているらしい。世界的なピアニストが高校にいると言うのは、それだけで学校のメリットになるものだし、何より彼女には進学したいという意志がある。その他高校生には分かりえない大人の事情とやらで、彼女は特例中の特例を許されているのだ。もちろん課題を、OZを通してこなし、提出して単位をもらっているようだが、そんなのほとんど通信制とかわらないじゃないかと、高校側のめった見られない柔軟性に呆れてしまったのも事実だった。 その話は狭くはない校内をあっという間に広がって、次の週にはほぼ全員の知るところとなっていた。 そうして桜も終わる頃になって、登校してきた彼女を取り巻いた熱狂というのがいかほどのものだったか、わかってもらえるだろうか。 佳主馬は横目で眺めていただけだけれど、それはもうすごかった。質問に次ぐ質問攻めに、彼女はすっかり辟易していた。う、とか、あ、とか誰の質問から先に答えればいいのか、目を白黒させている彼女を見ながら、彼は素直にその境遇に同情した。しかし何を聞いてもはっきりと答えない彼女に、クラスメイトが飽きるのも早かった。そうして次の日には、彼女はまた学校に来なくなって、三日後にまた来た時、初日より寄ってたかった人数はもちろん減っていた。そうしてだんだん、その人もまばらになり、ひとり、ふたりになり、それでも彼女の返事の様子は変わらなくて、やがて零になった。 |