昼休みのチャイムが鳴ると同時に、何人かは購買へ駈け出していった。そのうちの一人が、終業の5分前から机の下で財布をちゃっかりスタンバイさせていたのをしっかり見ていた佳主馬は、その食に対する執念に呆れたものか感心したものか少しばかり迷う。
 昼休みの教室というのはとかくうるさいし、どこか静かなところで昼飯を食べよう。
 そう思い立っていつものとおり、弁当と財布、音楽プレーヤーを手に立ち上がりかけた佳主馬を、小さな声が呼びとめた。

「池沢くん、」

 名前、覚えられていたのかと彼は目を丸くして隣を見下ろした。
 席に座ったままのが、まぁるい目をまっすぐに開いて、彼を見ている。なんとなくそこだけ時が止まっているような、そういう雰囲気をしている女子だった。
「なに、」
 疑問分でも語尾が上がらないのが、彼の話し方の特徴である。
「きょうはちゃんと、ごはん、もってきた。」
 ひとつひとつ区切ったような話し方は、彼女の癖であるのだろうか。
 そう言った彼女の机の上には、小さなジャムパンがひとつと甘そうな紅茶のパックが置かれている。
 …女子の食事ってこんなもんだろうか。
 思わずざっと教室の女子たちの机上に目を走らせる佳主馬だが、どう見積もっても、少ないように思う。食べないのと比べたら進歩だろうが、育ち盛りの少年に言わせれば、まったくもって少ないし、教室の一番前で固まって笑い声を上げながら食事をしている女子の一団―――の中でもひときわ声がでかい岡山なんぞに言わせればきっと「なにそれおやつ!?」くらいなものだろう。
 は持って来たよ、となんとなく得意げな様子である。しかし少ない。上にバランスが悪い。今時男子高校生だって、バランスを考えてカツカレーとコロッケパンと焼きそばパンを食べた後には、野菜生活を買ってしまったりするくらいなのだ。
 机の上を見詰めたまま、険しい顔でじっと黙ってしまった佳主馬に、が首を傾げる。黙って彼に見つめられると、大概の人間が睨まれたと誤解するものなのだが、その辺に関しては寛大らしい。怖がることもなくただ不思議そうにしているだけだ。

「…少ない。」
 ようやっと口を開いた彼の言葉に、が目を丸くする。
「えっ!」
「体に悪そう。」
「ええっ!」
 持ってきたのに、となんとなく語尾がしょぼくれている呟きをこぼしたに、彼はやっと少しわらった。へんなやつだ。それにが、目を丸くしている。
「まあ持ってきただけ、えらいんじゃないの。」
「なっ、なにそれ…!」
 ひらひらと手を振って、彼は教室を後にした。さて、どこで食べようか。


「…だ、だめかなあ。」

 なんとなく途方に暮れて、残されたは、机のうえの"お弁当"を見下ろしていた。