九 アバターに意志なんてないのは分かっている。 これらの存在は、あくまでOZという情報空間において、利用者の手足となるためだけのプログラムだ。見た目も、能力も、自分の好きにカスタマイズできるので、世界には一匹だって、同じアバターは存在しないことになる。OZの普及率がほぼ100%を迎えたこの世界では、人は誰もがみな、情報空間上に自らの分身を飼っている。 しかしあくまで、それらは分身であり、人形であるのだ。 それでも佳主馬は、ときどきカズマに、意志があるような気がする。 闘っている最中、佳主馬が反応するより早く、カズマの方が避けたり蹴ったり、という動作を勝手にしたように感じることがある。本来なら、相手の攻撃を佳主馬が認識して、キーボードを叩くことによってカズマがアクションを起こすはずだ。しかし時折、佳主馬があっと思った時には、もうカズマが動いていたりする、ような気がする。もちろん佳主馬はあっと思いながらもしっかりキーボードを叩いているので、他人からは佳主馬が驚くべきスピードでアバターを操っているようにしか見えないし、本人もそれが実際のところ現実だと思う。佳主馬の操作なしで、オートモードのカズマが動くわけはないし、その動きが、マニュアルモードを上回ることもない。それでもそんな風に感じてしまうのは、情報処理速度の誤差かなにかで、そう錯覚するのだろうか。 以前彼はその疑問を親戚にぶつけたことがある。 なにせプログラムの人工知能・人格―――AIというのは、その人物の専門分野であったから。 「お前のアバターに人格が、ねえ?」 どうなのさ侘助おじさん、そう尋ねながら縁側に寝っ転がる彼を、侘助はいつもの飄々とした顔で振り返った。夏の緑の照り返しで、辺りが少し眩しい。 「やっぱり気のせいだよね。」 彼の質問で語尾が上がることはすくない。 それを把握している侘助は、煙草をどこかへ放りながら―――それから慌てておっかけて地面に落ちた吸殻を踏み潰している。上田の家ではうるさいのでポイ捨てを極力しないように意識しているらしいが、普段の生活態度と言うのは無意識のうちに出るものだ。さてはポイ捨て常習犯だな、という佳主馬の冷たい視線を受けながら、彼は消火し終わった吸殻を拾い、手持無沙汰に胸のポケットへ入れる。 「わかんねえぞ?」 そういう言葉が返ってくるとは思っていなかった佳主馬は、年相応に目を丸くした。 「え?」 「九十九神ってあるだろ、」 「つくも?」 「知らねえか。…昔っからな、長いこと使われた道具だとか長生きした樹だとか動物だとかには、霊魂が宿るって言われてるんだよ。一本足の唐傘オバケとか、よくテレビで見るだろ。」 口寂しそうにもう一本、煙草を口にくわえた侘助だったが、ライターのオイルが切れていたらしい。何度かカチカチとライターを鳴らし、諦めて煙草を箱へ戻す。 意外だ。 「…おじさんってそういうの、信じてるの。」 おおよそ現代の最先端を突っ走る、人工知能の研究者の口から出る台詞ではないように佳主馬には思えた。幽霊だとか、霊魂だとか。そういうものを、一番信じていないような人種だと思っていた。もちろん彼も、どちらかというとその部類に入るのだが。 「いや?」 とぼけたような笑い方。 「…なんだよ、」 からかわれたような気分になって、起こしかけた体を再び冷たい床の上に戻す。 「あったらいいなあ。とは思う。」 ガバリと佳主馬が体を起こしたとき、もう侘助は向日葵の畑の方を向いていてその顔は見えなかった。入道雲が音を吸い込んで膨らむ。蝉の声ばかりがうるさい。 |
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