十二


 やはりその日も、は授業時間のほとんどを睡眠に費やしていた。
 背筋を伸ばして頬杖をつき、窓の外へ視線をやったまま、彼女は眠る。といってもその眠りは、教卓の真ん前で突っ伏して眠る赤木ほど深いものではないようだ。教師の声の抑揚だったり、回ってくるプリントだったりにはしっかり反応しているので、ひょっとしたら目を瞑っているだけなのかもしれない。もちろん佳主馬の席は窓とは正反対にあるから、の顔など見れないし、本当のところはわからないが、休み時間になって背伸びのひとつもしないのは、やっぱり眠っているのだろうか。しかし起立の号令にはきちんの反応するし、よくわからない。
 昼休みの煩さに、3時間目から出しっぱなしだったノートをしまって、はコンビニの袋を取り出す。どうやら野菜生活以外に水分はないようだ。ぬるくなった野菜ジュースほど微妙な飲み物ってないのになあと佳主馬は他人事ながらその味を想像してあまりいい気分はしない。

 さて、今日はどこで食べよう。
 弁当と財布、音楽プレーヤーを手に彼が席を立つよりも早く、岡山がひとりでどやどやと突撃してくる。
「たっけひーささん!一緒に食べない!?っていうか朝のあれ昼ご飯だったの!?」
 まじおやつじゃんすっくない!という悲鳴を、は目を丸くして聞いている。佳主馬はやはり、女子ってすげぇと若干引き気味である。
「おにぎり一個って…拷問か!だからそんなに細いんだよー!」
 細い細いと再び悲鳴を上げながら、岡山がの腕を握る。確かに細い。その悲鳴に、普段岡山と食事をしている女子たちが集まってきて、佳主馬はなんとなく席を立ちそびれる。当たりは蜂の巣をひっくり返したような騒々しさだ。女子って…。もはや彼は諦めの境地である。昼飯くらい静かに食べたいものなのに。
 その間にも女の子たちのおしゃべりは止まらない。
「えっさんほんとにこれだけ!?これだけなの!?」
「少ない!そしてこのどやと言わんばかりの野菜生活が!ない!」
 ないと言われてが若干ショックを受けた顔をしている。
「ないですか…、」
「ない!ないよー!だってそんな野菜生活以外がバランス悪すぎだよ!」
「野菜生活飲んどきゃなんとかなるなんて迷信なんだよさん!」
「えええ…!」
「いや、せめてもの野菜生活を入れたのは及第点だけど…!」
「あ、それ池沢くんにも言われた…。」
「でっしょー!?」
 岡山は声がでかい。
 諦めて自分の弁当を広げていた佳主馬に、の言葉を受けて一斉に視線が向いた。ちょっと怖い。しかし佳主馬は黙って、箸を進め続ける。ここでビクついたら負けな気がする。
「ほら!さん見てみなさいこのきっちりとしたお弁当を!」
 岡山が佳主馬の弁当を指差して叫んだ。なぜそこでお前がいばる。つっこみたい佳主馬だが、岡山に立ち向かう元気はない。
「ご飯に、唐揚げに、鯖の塩焼きに、お豆さんに、卵焼きに、キュウリにレタスにプチトマト!彩りまでも!ナーイスバラーンス!」
 これでもかという理想的なお弁当である。岡山のでかい声で一品一品あげられてゆく佳主馬の弁当のラインナップに、教室の男子も集まってきた。
「うわぁ池沢の弁当うまそう!」
「池沢くん私のグラタンと唐揚げ交換しよう!」
「…やだよ、それ冷凍だろ。」
「池沢、俺にその唐揚げをく「やだ。」

「お前ら!池沢の弁当ばかり誉めず俺のも誉めろ。」
 ズイと自らの弁当を差し出してきたのは、高校生にしてはずいぶんと恰幅の良い山口である。柔道部と聞けば誰もが納得する体躯と顔つきの彼であるが、わらうと目がなくなって愛嬌のある熊に似ている。
「うわぁー!なんでお前そうめん学校に持ってきてんだよ!」
「錦糸卵にハムにキュウリに薬味もついて健康的だろうが。」
「それにしてもねぇよ!」
「おい…!見ろよ…こいつのそうめん、さくらんぼ浮いてっぞ…!」
「まじでぇ!?」
 騒々しい。本当に、騒々しい。
 慣れていないらしいは目を白黒させているし、五月蝿いのが得意ではない佳主馬にほぼ苦行だ。とにかくさっさと昼飯を食べてしまおう。そうしたら適当にジュースでも買いに席を立つのだ。
 黙々と佳主馬は箸を進める。もおにぎりの封を切り出して、いつの間にかクラスのほぼ全員が、教室の後ろの二席に固まってやいのやいのと騒々しく昼食をとっているという謎の構図ができあがった。
「あー!俺もそれ食べたい!ひっとくち!ひっとくち!」
「えっ山口お前毎日弁当自分で作ってんの!?えっこのそうめん弁当お前の手作りなの!?」
「代わり映えのしない毎日に花を添えるべくメニューも創意工夫し、栄養バランスもきちんと考えてだな、俺は家族全員の弁当を苦心して日々作っているわけだ。」
「お前んち家族何人だっけ…。」
「6人。」
「うわぁ…。」
「…今私ピンクのエプロンつけた山口くんが6人分のタッパーにそうめんつめて菜箸でさくらんぼ乗せてるとこ想像しちゃった…。」
「おい、東、なんでそんなガッカリしたような口調なんだ。」
「あ〜津村さんオムライスだーいいなー!」
「購買のカレーってなんで具が入ってねぇんだろうな!」
「おい俺のコロッケパンからコロッケをもっていったの誰だ!ばかっ!これじゃただのパンだろ!」
「ほのかに残るコロッケ臭が虚しさを誘うね…。」
「おーなんだ谷内、俺のそうめんやろうか?挟めはさめ。」
「じゃあ私のウィンナーもあげるね〜!」
「じゃあ僕の人参もあげる!」
「よしカレーかけてやるよ!」
 ぎゃあぎゃあぎゃあ。ふいにパンに様々なものを挟まれる谷内との目があった。
 沈黙。
「あ、…ええと、」
 自らの手元に目を落として、戸惑いつつ、ひとこと。

「裂ける、チーズ…。」

 一同顔を見合わせて、沈黙。

「谷内!あんったこんなに少ないさんのご飯をとるとか!最低!」
「やべぇなんかもう俺涙出てきたこのパン一生食べないでとっとく!」
「腐るぞ!?」
「カビるぞ!?」
「やべぇパンから具がはみ出てるっつうか具の方がもはや多いっつうか、」
「食べ合わせ最悪過ぎだろそれ!!」
「いいの!優しさが最高の調味料なの!」
 ぎゃあぎゃあぎゃあ。また一瞬にして騒々しさを取り戻した教室に、佳主馬がぶちきれるまであと30秒。