十四


 静かな深い海の中で、水の巡る音がする。
 それはどこか、自らの内側を流れる生命の音を彷彿とさせた。遠く、遠くで鯨のソングが鳴る。ゆったりとした、一定のリズム。心音に似た、低くくぐもったエコー。
 真っ青な闇の底へ、それは沈んでゆく。自らの体から、少年の指先が、その意識が、離れてゆくのを感じる。それに流れる信号が、一歩的な外界からのものから、内側からのランダムなものに切り替わる。次少年がそれに触れるまで、それはコンピュータの不規則的な自動信号に従って、広い情報空間内を徘徊する。その主の不在の間にもメールを受信したり指定されたアクションを起こしたりと忙しい。
 完全に少年の意識が離れたと同時に、それは柔らかい砂の底についた。きらきらと少し光りながら、暗い色をした砂が舞い上がり、やがて大人しくなる。
 やわらかいくらやみの底。
 うつぶせに沈んだままそれは目を開いていた。
 オオオオオオオオオオオ――――め で あe――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオeオオオオオ――――――――ン。
 いつも聴こえてくる、あの音。あの歌が鳴っている。

 長い耳をぴくりと一度そばだてて、それは体を起こした。
 眠りへと誘う穏やかなリズム。人間の耳の可聴音域と不可聴音域とが擦れ合って生ずる、独特の音波。濡れた鑢で、心の襞の表面を、薄くなぞってゆくような、どこか懐かしく、さびしい響き。

 やわらかい水底を蹴って、泳ぎ出す。
 それはもうずいぶん前に、その音の中心を見つけていた。
 ピアノが鳴っている。
 霧笛のような海鳴りの向こうに、歌がある。
 オオオオオオオオオオオ―――――きしme、よrオオオオオオオオオオオやく オオオオオオオオオオ―――――ゆ med――――――オオオ――――ン。
 いまいくよとそれがわらった気がする。むろん気のせいだ。それに感情など、あるはずがないのだし。

『………また来たの、』

 どこかふかいわだつみの底で。
 透き通った水よりも、透明な声がこたえた。