十五


「…おはよう。」
「あ、おはよう。」
 今日もはいた。
 四日も連続で彼女が教室にいるなど、佳主馬の知る限り今までなかっただった。

「今日もいる。」
 思わず彼が、ぽろりと言ってしまったのも無理はない。少しきょとんとした後で、その意味するところを察したが苦笑した。
「休み過ぎてねぇ、」
「うん。」
「さすがに単位がやばいんだって。」
 なにせ進級できたのが、学園七不思議になりそうなほど謎な生徒だ。
「それで私の、親代わりというか、後見人というか、ピアノのせんせいというか、まあそんな人がいるのだけど、」
 そうだった、とその言葉を聞いて、初めて彼はかつての担任の言葉を思い出した。
 彼女に両親はすでになく、自らの腕一本で、生計を立てているのだということ。
 あんまりにも細い腕だ。十以上も年下の、自分の妹の腕と変わらないんじゃないかと、佳主馬は思う。食べる量に関しては、ぜったい妹の方が多い。そもそも細いとか華奢だとか、そういう問題以前なのだ。この女の子はやせっぽちで、ずいぶん顔色も白いし、いつだって眠たげだ。
 栄ばあちゃんなら、なんだい情けない、と言って怒りだすかもしれないな。
 そう考えて佳主馬は少し微笑ましい気持ちになる。
『なんだい情けない、あんたちゃんと食ってるのかい。』
 そう言いながらを座らせて、目の前に畑でとれた野菜や、師匠のとった魚を使った料理を山盛りにしていく、今はもう遠く、今もなお偉大なおんなのひとが見えたように思う。

「私の大学に来たいなら卒業しろとなかば脅されて、」
 の声に思考が現実に戻ってきた。脅すとはまたなんとも物騒なキーワード。どんな親代わりだろうか。ちょっと心配になるが、喋り続けるの顔は穏やかに優しい様子そのものであるので、おそらくは安心な関係なのだろう。
「ぜぇんぶ、これから1年の予定を、キャンセル、されてしまったのです。」
 ちゃんちゃんとオチをつけるようにがわらって、佳主馬はなんと言ったものか少し戸惑う。
「貯金が、底をついたらどうしよう、」と笑いながらがタタタトンと自然な動作で机を指先で叩いた。

「指も鈍ったら、どうしよう。」

 さっきのどうしようと比べて、ちっとも心配していないような言い方だった。
 タタタトンとただ机を叩いているだけなのに、リズムとメロディーがある。決してその指は鈍ったりなんてしないだろうと、そう思わせる動き方をしている。そんなの指先が、固い机を叩くのを、佳主馬は目を丸くして見つめていた。細い指の先は平らで、動きはしなやかになめらかだ。ピアノを弾くための手だとそう思う。トトタタン。本当にただ、机をたたいているだけなのに、それは音楽の形をしていた。トトトタタタ。しばらくの鳴らす音が響く。

「あっ、そうだ。」
 ふいに指を止めてがわらった。
「今日こそは。」
 にっこり笑って持ち上げられたのは、やはり、薄っぺらいコンビニのビニル袋。