十九


 遅れてドッと嵐のような拍手が起こったのは、がでてきた時と変わらずマイペースにお辞儀をして、舞台袖に引っ込んでからだった。
 ポカンとしていた佳主馬たちは、ハッとした後大きく手を叩いた。大粒の雨でも降りだしてきたみたいに、拍手がずっと鳴っている。講堂の天井いっぱいにそれは反響して、何重にも重なって響いた。誰かがなにか叫んでいて、もちろんそれが悪い言葉ではないことは分かる。
 びっくりした。
 狐にばかされたみたい、ってこういうのを言うのだろうか。なんだか少し違う気もするが、それが一番しっくりくる気もする。一瞬の美しい白昼夢を見たようだ。音には確かに色と形があった。音楽が狭い講堂のなか、天使の羽を生やして飛びまわっていた。わあわあと拍手が鳴り止まない。
 これはもう一度、彼女が出てきて礼をしないことには収まるまい。何度か放送委員がブザーを鳴らしているようだが、誰にも聞こえやしなかった。いつ出てくるのだろうとそわそわ舞台袖に目を凝らしていた彼らに、ガッタンと派手な音が届く。拍手に紛れて後ろの方までは聞こえなかったに違いないが、一番前を陣取っていた彼らにはもちろん聞こえた。
 なんとなく。
 なんとなく、嫌な予感だ。

 同じ予感に駆られたのか、パッと立ち上がった岡山が、近くにいた"頼りになりそうな池沢"と、ぐるりと見回して"なんとなく頼りになりそうな山口"を引っ張ってドタドタと舞台裏に走り出す。
「なんで俺!」
「隣の席のヨシミ!」
「なぜ俺?」
「プチトマトのヨシミ!」
 岡山が腕につけた『文化祭実行委員』の腕章効果ですんなり舞台裏へ続く通路へ飛び込んだ三人は、ガッタンの正体を見つけてそれぞれ絶句する。

さん!」

 すぐその傍らに、舞台の幕を上げ下げをする係らしい生徒が、涙目でしゃがみこんで何度も名前を呼んでいる。長い髪が床に散らばり、青いワンピースの裾が花のように広がって。
 舞台袖に仰向けに体を投げ出して倒れたの、頬は透けるほど白かった。