二十三 食べ過ぎた。胃もたれしそうにはち切れそうなお腹を抱えて、佳主馬はベッドに身を投げ出した。岡山には負けられないと、生来の負けず嫌いで食べまくったのが、祟った。あの後本当に家に帰って夕飯も食べると言うのなら、あの女子は化け物か何かだ。間違いない。 ふう、と息を吐いて見上げた電球が、白く光っている。 『こんばんは。』 開きっぱなしのノートパソコン。 ポオンとアバター同士の接触を告げる電子音が鳴る。佳主馬はなんとなく、接触してきたアバターが誰のものなのか、わかっていた。 『...こんばんは。』 ウサギの頭の上に、佳主馬が打ちこんだ通りの文字が並ぶ。 その白く背の高くて目つきの鋭いウサギの前に立っていたのは、真っ青な服を着た小さな魚人型のアバターだった。女の子の顔に魚のヒレのように尖った耳と、おしりから魚の尻尾が生えている。 少し迷って、佳主馬はキーボードを叩いた。ウサギが喋る。 『.......さんでしょ。』 『当たり。』 にっこりと魚の女の子が笑った。 佳主馬は内心、驚いている。のアバターは青いワンピースの上に白衣を着ている。プログラムの管理者アバターであることを示す、OZ上の公式認定アイテムだった。 『体は大丈夫なの?』 『うん。明日病院行く。この子、池沢くんのアバターだったんだね。』 つい数時間前に倒れた人間のくせに、けれどもそんなことはどうでもいいのだと、校門で言ったことと同じことを、は繰り返す。 『......知ってるんだな。』 『うん。所有者がログアウトしてるオートモードの時にね、何度か会ったんだ。まあ、会ったっていうか、見かけたっていうか…偶然いつも同じ場所にくるから、おぼえちゃった。誰のアバターなのかわからないし、知らない人に突然声をかけてもな、ってそのまま、声、かけそびれちゃって。まさか池沢くんのアバターで、しかもそんなすごいウサギだとは、知らなかった。』 OZでもとぎれとぎれの話し方、おんなじなんだなと佳主馬は少し頬を弛める。 『カズマくんって、言うんだね。...池沢くんと、同じだ。』 『...さんのは、なんて言うの?』 訊かなくたって本当は、画面の隅には、ちゃんと通話相手の情報は表示されているからすぐわかる。 『のピアノ。』 『...変な名前。』 『ふふ、』 なんだかの笑う声が、画面越しに聞こえてきそうな、そんな気がした。 『スリーピング・オーシャン』 カズマの上の吹き出しに、文字を並べる。あそこはバトルステージには決してならない。静かなる場所、眠るための海。 『そこで見たの?』 そう、と魚人の女の子が頷いて、にこにこ背の高いウサギを見上げる。 『それ、管理者アバターの服だよね。』 『ああ、うん.....私、スリーピング・オーシャンの管理者なの。あ、私が作ったんじゃないよ?お父さんの開発者権限を、譲渡されてるだけなんだけど。』 魚人の女の子は、パタパタと居心地悪そうに手を動かす。 『池沢くんも、眠れないの?』 無邪気な問いかけ。 これにどうこたえなければいけないのか、なんとなく佳主馬は分かっていた。 『俺は眠れるよ。』 どうしてだろう、感情なんかあるはずないのに、カズマの表情は厳しく、のピアノの顔はどこか悲しげに見える。 『俺は眠れる........さん、』 文字を打つのにこんなに緊張することはめったないと思った。発言の末尾を示す三角の文字が、点滅している。 『さんは、眠れてるの。』 OZ上であっても、彼の疑問文は、語尾が上がらない。 |