二十四


 眠れるんだね、と呟いたアバターの表情は変わらないのに、やはりどこか悲しげで、落胆しているようにも見えた。
 なんだか会話が続かなくなって、少し黙ってしまった時に、のアバターが着信を告げてポオンと宙返りをしたのでその場はお開きになった。
『わあ、どうしよう…師匠だ…。』
 件の保護者だろうか。話の途中でごめんね、と言った後で、"のピアノ"は急いで駆けていってしまった。
『また。』
 見えなくなりそうな背中にカズマが言うと、やっぱり嬉しそうに見える表情で『また!』と振り返った。

 自然とカズマの足を、眠りの海に向けていた。きっと彼女は、眠れていないのだろう。こんな優しい静かな海を所有していながら。
 …なんでかな。
 真っ青な水面に、仰向けに飛び込む。
 ざんぶ、と水の音。
 カズマがゆったりと、海の底に沈んでゆく。ふといいな、と思った。波の音は聞こえる。水の色も見える。けれどもそのひやりとした冷たいここと良さを、水に包まれる感触を、やわらかい砂の触り心地を、佳主馬が知ることはないのだ。
 沈むウサギの聴覚と同化しながら、佳主馬はいつもと違う心持で耳を澄ませる。今日もきっと聴こえるだろうと、彼は心の隅で考えている。
 そうしてもちろん、中ほどまでカズマの体が沈んだ頃に、海流の向こうに聞こえる歌がある。
 ――――――で あi    う―――――――――――――――iさ さや――――――――――た―――――――― ―――もbオオオオオオンう―――――。
 一定のリズムで、同じメロディの繰り返し。ところどころ海流の音に負けて聞こえない。あまりに小さな声と音。ほろほろと毀れるな、真っ青な海の色と形をした音。この音を知っている。今までパソコンのスピーカー越しに、チラと幻のように遠くしか聴かなかった音。それを今日佳主馬はこの耳に直接聴いた。
 のピアノ。の歌だ。。
 眠れないのかなでる音楽。どうしてこんなに優しくって、眠たくなるのかな。―――mえde――――――も、ぼオオオオオオオオオオオオンお―――――。
 うとうととまどろみながら、今日あった様々のことが、ぐるぐると縺れて沈んでゆく。考えなきゃ、いけないこと。たくさんあるのにな。
 オオオオンと遠くで海が鳴く。
 佳主馬の意識が、カズマからふわりと離れた。