二十六 結局が学校へ来られるようになったのは1学期の終業式、その日だった。 期末テストはなんとか病院に無理を行って登校し、別室で受験したそうで、2学期3学期を休まなければ、なんとか無事に進級できるそうだ。 終業式の終わった屋上はぽかんと熱くて、と佳主馬は少し離れたところで向かい合っていた。入院して、ちゃんと点滴や薬や食事をとったはずなのに、の肌は依然と変わらず白すぎる。それからその手首も足も全部が折れそうなままだ。 ホームルームが終わるなり、佳主馬はここまでをひっぱってきた。誰が送ってもメールの返事も寄こさない。おまけに入院したなら元気になって帰ってくるのが礼儀ってもんだろうと佳主馬は今朝、やっぱり自分より早く席についていたを見て、正直とても、イラッとしたのだ。 「眠れてるの。」 少し怒ったようにも聞こえる尋ね方。はそれに、困ったように笑った。 「…ねむれてない。」 悪戯がばれた子供みたいに、すまなそうに、肩をすくめて微笑む。 「病院では。」 「うん、…睡眠障害だろうって。いろいろお薬ももらったんだけど、効きが良くないみたい。医療用のスリーピング・オーシャンが出てきた時は、私、笑っちゃった。」 あは、と少しおかしそうには笑ったが、佳主馬は笑わなかった。 それに笑顔を崩して、が、静かに下を向く。 「おかしいでしょ、」 少し沈黙した後で、ちょっと悲しそうに、彼女はわらった。 「ねむれない人のためのプログラムで、その管理者なのに、そのわたしが、いちばん誰より眠れないんだ。」 ぷらんと片足で地面を蹴って、それから彼女はちょっと視線を下げる。それを見ながら、その白い足が妹のと同じくらいに頼りないことに彼は眉を顰めた。 13も年下の人間と、足の細さが同じに見えるというのは、彼の従姉妹やクラスの女子たちがやたら気にする細い太いとかそういう問題ではなく、なんだか不安になるくらいかなしいことだと思った。足も腕もひょろひょろしていて、きっとちょっと力を入れたら折れてしまうんだろうと思うと、佳主馬はどうしようもなくいたたまれないような気分になる。心臓の表面の隅っこを、鑢が細かく擦っていく、そんな感覚がする。 ―――ちゃんと朝起きて、お天道様の光を浴びて。好き嫌いしないでしっかり食べて、それからわらって動いて。お腹がすいてちゃなにもできやしないよ。なにせ一番いけないのは、 「…さん。」 急に手頸を掴まれて、はびっくりしたように目を丸くして佳主馬を見上げた。 おっきな目。彼は少し感心する。 そうだ、彼女は"一番いけない"に該当する。きっと彼女はひとりでいるし、なによりお腹がすいているのだ。 「ご飯食べてるの。」 語尾が下がるのはいつもの癖だが、いつもよりずっと叱るような口調になった。 「…あんまりおなか、すかないもん。」 怒られた子供のように、が肩を竦めて言う。案の定か、と佳主馬が眉をしかめて、彼女はますますうつむく。ふう、と彼のため息。 「行くよ、さん。」 えっと顔を上げたにおかまいなしに、彼は先ほどから掴んだままだった彼女の手頸を引っ張る。 何言ってるの?と声を上げたを、何言ってるのと眉をひそめたまま佳主馬が見下ろす。やっぱり自分はあの血族の人間なのだと、彼はもはやいっそ諦めの境地にも似た心情でいる。お腹が減ってるひとりぼっちの子供が目の前にいたら、ほっとけるわけないじゃないか。別に上田の人間じゃなくたって、人間ならきっとだれもがそうなんだと、彼は疑うより前に信じている。 「えっ、ちょ、池沢くん!?」 慌てた言葉を、彼は無視した。こんなひょろひょろでよわっちょろい女の子、引きずって歩くのはわけもない。 彼のよく日に焼けた肌と、の真っ白な肌は、まったく別の生き物に見えた。 夏休みが来る。 |