僕は昔金魚だった頃がある。そう言ったら彼女はどういう反応をするだろうか。
 驚くかな。笑うかもしれない。理解してもらえないかも。嘘つきだって思われたりして。…それは嫌だな。それならまだ、頭がおかしいんだって思われたほうがいい。理解されないことよりも、事実であることを否定されるほうが悲しいもの。
 でも確かに僕は昔金魚だった。今でこそ二本足で歩いて立派に人間やってるけれど、以前はただの悲しい金魚。透明な青硝子のお家に住んでいた。眺める景色は屈折率と金魚の魚目のせいでまぁるく曲がってして見えたものだ。水と硝子と、多分それがなくても歪んでいた世界。赤い裾をひらめかせて、僕は水槽の金魚。優雅に同じところを、馬鹿みたく何度となく泳ぎ回る。餌が汚れた雪みたいに降ってきたっけな。水槽の水は巡らないから、なまぬるかった。閉じた世界で僕はぱくぱく口を開く。言葉は出ない。歌がうたえたなら僕は多分ワルツを歌ってひとりで踊ったろう。いつも水槽の外に音は溢れていたけれど、水を通すからぼんやりとしか聞こえない。三拍子のドラムスだけ、すんなり水を抜けて響く。もちろん耳はないから、鱗のあたりで聞いてたんだと思う。きれいね、って誰かがほめる。底に沈んだ玉砂利の、色とりどりを覚えてるよ。
 そう。以前僕は金魚だった。かわいそうなかわいい金魚。

「信じる?」
 しばらく目を丸くして、それからはコトリと首を傾げた。
「よく覚えてたね。」
 その返事に気をよくして、僕はふふと笑って「うん」と答えた。うん、だからって好きさ。





(20090828)