「なんの曲聞いてんのー?」
青い空にぽっかりと浮かんだ。目玉。光の逆光でよく見えないや。でも声でわかる。話し方でわかる。笑い方でわかる。雰囲気でわかる。気配でわかる。君だ。
「あ、」
「ジロくん、」
少しだけヘッドフォンを耳に当てるとすぐに顔をしかめて停止ボタンを押した。
「…うるさいね、これ。」
「…そんなこと言うとおじいちゃんみたいだよ。」
「この前歌ってたやつは?」
「…え?」
「この前、歌ってたやつ。」
その目はじつと開いて、私を見ていた。きれいな目だ。口調は言い張り出すと聞かない子供のようだった。
「ほら、歌ってたじゃん…えーっとね…」
この前とはいつのことだろう。
その手が勝手に操作ボタンをいじる。再生してはこれじゃないしー、って口をとがらせる。
そのくちびるが、紡ぎ始めた。よく知っている歌。
ああいい声をしている、と思った。なんで一回ちょっと聞いただけで覚えてるのかな。おやすみおやすみ。そう英語で口ずさむ。そこから先の歌詞はわからないんだろう、メロディーだけが続く。歌詞のない歌。
私の頭の中で、そのハミングにあわせて言葉が流れる。
おやすみおやすみいとしい子、せかいは思うよりもずっと君のもの…
「あ、あった」
その指先が止まる。
「これこれ。」
嬉しそうに目玉、笑っている。
画面を見るとまさしくその曲名が青白く浮かんでは右から左へ流れている。
微かに漏れる、ピアノの音。騒がしいエイトビートは聞こえない。三拍子の穏やかで控え目なドラムス。
「借りるね!あーこれでよく眠れそうだし」
トロンとした目で彼が笑った。綿飴のようだと思った。こちらが何か言う間もなく、そのまま机に突っ伏してしまう。
「ジロくん?」
「おやすみーちゃん」
顔はあげずに声だけが答えた。ふわふわの髪にお日様が照っている。空は染み入るように青い。静かだ。教室と廊下のざわめきは漣のようだ。彼の閉じられた耳に流れる静寂は、どんなにか心地の良い子守歌だろう。
しっかりと握られたままの機械が、ちゃっかりリピート表示になっていることに少し微笑む。
「…この前っていつ?」
私の囁きは聞こえただろうか。閉じた世界に響いたろうか。ほんのわずかでも。
「忘れちゃった。」
笑い声。ニカリと見せた白い歯。顔をよく日焼けした腕からあげて、笑っている。
私はそう、と返した。そうなんだ、忘れちゃった、と彼が笑う。
「いい歌。」
そして寝ぼけたままの君がのんびり呟く。
あ、飛行機雲。
夏が来るね。君がしっかり目覚めたら一番最初にそう言おう。そう言おう。
(雲と綿飴/20080628)
(お勧めメするBGM(=なんとなく話のこのgdgdさを誤魔化してくれる気がする神歌)/ttp://jp.youtube.com/watch?v=7sQS0yoTnTA)
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