白い髪が薄暗がりにぼんやり浮かんだ。なんだかそれは、白いほむらのようで、さびしい幽霊のようだった。
 白い尾を引いて、髪が揺れる。揺れる。
 狐火だと、そう思った。ゆらゆらと白い尾が誘うように笑う。
おいで、おいで。こっちこっちこっち。見上げた鳥居で、隠れんぼする。
 白狐(ぎんきつね)だ。
「待って」
 追いかけても蜃気楼のようだ。遠ざかり、近づき、離される。追って、はぐれて、振り向けばすぐ背中。掴む、消える、笑う。さよなら、さよなら。
「待って、待って」
 置いていかれる。置いていかれる。どうしてそれが、こんなにもおそろしいのだろう。
 待って待って待って。
 いつかもこうして追いかけた。
 遠ざかる背中がふいに止まった。急には止まれず背中に思い切りぶつかった。
「わ!」
 振り返って君が笑う。
「なぁにそないに急いどぉね?」
 君が置いていくせいだ。うまく言葉が出なかった。髪が揺れてる。チリチリと髪を結ぶ鈴が鳴った。
 随分高い君の背です。追いつくのにも精一杯で、そのくせ遠くてもよく見えるのが腹立たしい。
 随分優しい、君の目だ。見下ろされる私はちっぽけだ。お家に帰りたくなった。狐の子をおっかけて、いつの間にかこんなところまで来てしまった。辺りは夜だ。さびしい群青色をしている。
「…泣いとぉね?」
 大きな手のひらがそおっと控え目にこわごわ額を撫でた。あんまり優しい動作だった。確認するようにポツリ、呟かれた囁きは霧雨だ。空気に紛れて、やわらかに煙る。
「安心しんしゃい、置いてったりなんてせんから。」
「…ほんとに?」
「本当じゃ。」
 手のひらが二回、優しく額を打った。おやすみ。

(きつねのはなし/20080628)