「なあなんなんもうどうしたらええのあかんねんあいつらっつうかもう学校全体がボケ殺しやねんなんで誰も突 っ込んだらんのあんなんおかしいやんありえへんやんなんで誰も言うたらんのなあなんで?なんでなん?」
 受話器を少し耳から話して、謙也はこいつどないしよう、という顔をした。隣で一緒になって受話器を耳にくっつけていたも、受話器の向こうの人物の荒みっぷりに口元をひきつらせている。三人は従兄妹同士である。偶然にも年は同じで、受話器の向こうの侑士が忍足家長男の息子、謙也が次男の息子で、が長女の娘である。
 聞いとんの?なあ俺の話聞いとる?聞いてへんの聞いとるの聞いてくれへんの?どっち!?DOCCHI!!?
 そんな声が聞こえてきて、二人は慌てて受話器に意識を戻す。
「なあなあゆーちゃん。まだ私らちょっと状況が飲み込めとらんのやけど…、」
「そうそう、なんなん?なにがどうツッコミどころありすぎなん?言うてみ?」
 二人の質問に、受話器の向こうの従兄弟が黙る。これはかなり、重傷である。ワッと泣き出すような声が聞こえ、次にはものすごいスピードでの言葉の羅列が始まった。
 機関銃並みの一斉掃射に、思わず二人はぎょっとして受話器から耳を離す。
「だってほんまありえんくない?聞いてくれ頼むから聞いてくれ俺テニス入学やしテニス部行くやんかまず!なもうなほんま俺実際春休みから心折れそうやってんか?みんな標準語やしな怖いやんか冷たい!ク−ル!ってかんじやん?さらに監督にまずこう挨拶するわな?そしたらちょお待っとれ言われて待っとったら出てきたんホストみたいなおっさんやしそれでも挨拶済ませた後そのせんせどうしはった思う?どないしはった思う?人差し指と中指くっつけて俺のこと指さして…人のこと指さしたあかんておかんに教わらんかったんかい!てなかんじやけどまあそれは置いといてその口から出てきた言葉が『行ってヨシ☆』やでなんやねんなそれ俺これは東京に出てきた俺を和ませるための監督精一杯のジョークか思たけど顔がどこまでも素やねんどこまでも素やねんか?んで俺の他のやつ微動だにせぇへんねんもうツッコむことすら忘れて思わずもう反射でおんなじポーズで『行ってキマ☆』ってやったらそれも素で流されるしな!」
「「それはいつものことやん。」」
 もちろんいつものこと、とは彼の突っ込みづらいボケが流される件に関してである。
『ほっといてんか!キイイイイ!まあそしたら狐につままれたような気分や!んで部活行くわな?行ったらアレや打ち合いしてた太宰やったか芥川やったかなんかそんな名前のやつがコートの中でやで打ち合ってんのにやで!?突然カクカクカクなってドサッて倒れて俺えええええ!なってたらみんな顔色ひとつ変えんとそいつ引きず ってベンチに放り込みよるねん誰もなんも言うたらんしな辛うじて俺の耳が捉えたのは「まただよ仕方ねぇな」っちゅう微笑ましい会話だけや!大丈夫なんあれ熱射病とか持病とかちゃうんと思てたらそいつ結局おもくそ寝とるだけやしな!?』
「「ワオー…。」」
 もう大分想像が追いつかなくなってきて、二人は乾いた声をあげることしかできない。ホストが行ってヨシ☆でそのあと太宰が打ち合いのさなか突然爆酔。そしてそれになんの反応も返さず日常と受け入れる人間達…果たしてそれは人間であろうか。同じ赤い血が流れているのだろうか。
 従兄弟の置かれている思ったよりも過酷な状況に、地元に留まったままの従兄妹二人は最早想像ですら彼の状況を推し量ることができない。
 しかも受話器の向こうの声が泣きそうなので仕方がないのである。
『顧問にそいつに…そうや!跡部っちゅうやつがおるんやけどそいつがもうほんま…!!色々とありすぎてど こからツッコめばええのか…!!まず「「ってまだあるんかい!」」
 打てば響く正しいツッコミ。正しい会話である。新境地での不安と驚きを吐き出しながらも、侑士は受話器越しにきっちりリアクションを取ってくれる従兄弟たちに涙が出そうだ。
『まだまだや!こんなん序の口やで!たぶん全部伝えようとしたら俺の電話代死ぬ!』
「マジかよ…、」
「ないわ…。」
 っつっかそんなにもそんなぶっ飛んだ話を聞きたくないというのがこちらの二人の本音であるが、そこは慣れない東京で相当苦労をしている従兄弟のために黙っておいてやる。謙也もも、自分めっちゃ優しいやん、と心の隅で考えている。
『そいつの決め台詞が…いやまず待って決め台詞ってなに!!?って感じやけど…俺様の美技に酔いな!酔 い な !』
「「酔いなア!!?」」
『だって対戦相手男やで!?酔わせてどないすんねんっちゅー「「ツッコむとこちゃうやろ!!」」すんません!』
 二人は受話器の向こうに全力でつっこんだ。脅威のシンクロ率、脅威のつっこみである。しかしそれ以上に、電話越しに伝えられる私立氷帝学園の現状は凄まじい。つうか、ない。
『もうそいつはすべてに置いてツッコミどころやから置いとくけどな!?部室がな!?どこの高級ホテルやねんこれっちゅうくらい豪華やしな!?それもまたその跡部言うやつが改装したらしいという伝説があるんやけどもな!?冷蔵庫とか氷が30分で作れるんやで!?ミネラルウォーターリットル800円やで!!?水道水で充分ちゃうんかアアアア!!! 』
「なんやそれ自慢か!」
『違う!』
 謙也が己の中学校の貧相な畳のしかれた部室を思い出して叫ぶ。ちょっと薄いポカリスウェットを思い出して叫ぶ。
「なんやねんその氷とか無駄なハイスペック!っつうかリットル800円て殺すぞ!」
『やろ!?』
 が己のうちの冷蔵庫の古さと、最近CMでやっている「氷が30分であっという間に〜」という謳い文句を思い出して叫ぶ。飲んだこともない値段の水を思って叫ぶ。
『あああとな!?氷帝コールとかあんねんで!?勝のは氷帝!負けるの○○!言うんや!それをどっから集めてきたんかわからんほどの人数のギャラリーが大合唱や!ない!ないわ!謙也、、俺こんなとこでやってく自信ないっち ゅうか三年後にはこのカラーに染まってまうかもしれん自分が恐ろしい…!!』
「侑士負けるな!負けたらあかん!!」
「そうやでゆーちゃん!つっこめ!片っ端から切り伏せろ!!」
 その年の夏大会で、涙の対面及び激励をベンチ裏で果たしたその1年後、立派に氷帝色に受話器の向こうの従兄弟が染まっているとは思いもよらない、浪速のスピードスター、十二の春であった。

(Oの一族/20080910)