時刻は夜。
Oの一族、またの名を医者の一族、忍足謙也との従兄妹二人は、大人たちの自宅会議という名の飲み会のご相伴に預かるのもいささか飽きて2階にひっこんでポケモン通信対戦をしていた。
目下怒涛の勢いでが優勢。死にかけたピカチュウの電光石火に対して今にも繰り出されんとしているいかついリザードンの火炎放射は、なんとなく後者に悪役臭を漂わせてならない。のニヤリとあう悪役っぽい笑みと謙也の追いつめられ食いしばられた奥歯が、ますますそれを助長しており、構図はさながらデビュー間もないトレーナー対ロケット団のボスである。
の細い指がAボタンを押そうとした時だ。
二人の携帯が、同時にメール受信を知らせてそれぞれにぎやかに鳴った。
消臭力ートイレ大好きー!と、メーラーメーラーと〜もえ〜るぜじぇら〜すぃ〜!が混ざり合い、部屋の中が一気に騒々しくなる。
二人はお互い、ん?と顔を見合わせ、微妙な笑みを浮かべる。ウッカリ授業中にマナーモードにし忘れていて鳴ったら恥ずかしい着うた仕様の着信元に、ふたりは心当たりがある。
「えい!火炎放射〜!」
「ああっ!ピカチュウウウウウ!!」
ゲーム画面に向かって嘆く謙也を放って、は携帯をパカリと開いて、「うわあ…、」パキャリと閉じた。その動作わずか0.5秒。某ビーチの爽やか部長の動体視力を持ってしても画面の文面を判別できるかどうか怪しい。
しかしその一瞬でメールの内容を確認したらしいは、なんとも苦々しい、微妙に引きつった笑顔である。さようならピカチュウと、涙を拭いながら同じく携帯をパカリと開いた謙也も「…………うわあ、」一瞬心を閉ざしかけて、しかしぐっと堪えて持ち直した。その後はと同じ反応をする。
見てもうた、見てもうたな。という無言の会話が繰り広げられ、二人の携帯は部屋の隅に放られる。
しばらく部屋に沈黙が落ち、階下の笑い声だけが妙に明るく響いた。空しい。ふたりは無言で再びゲーム機を持ち上げると再び勝負に戻った。
「行け!ブースター!!」
「迎え撃て、ヒノアラシ!!」
画面の上で二人のポケモンが睨み合い、画面の外でも火花が散る。これで勝ったほうが、最強と名高い千歳のポケモンと通信対戦をし、負けたほうがアイスを買いにいくというルールつきの勝負なのである。負けられない…!二人の背景に、竜と虎が見えた。虎のほうはもちろん、地元球団のト●ッキー仕様であるが、竜はシェ●ロンのあたり、関西人の意地が感じられる。
つまり、メールはまったくの無視である。
しばらくの間白熱したバトルが続き、それでもやっぱりの、炎ポケモンが相変わらずの優勢である。
「へっへっへ、時代はな…スピード重視はもう古いんや…!火力…!これからは火力の時代やで謙ちゃん…!!」
「アホ言いなや…!時代逆行しとるやないかそれ…!」
そう言いながらも負けかけているあたり涙が出そうな謙也だが、そこはぐっと我慢の子である。耐え忍べばいつか勝てる。どっこいど根性。
しかし再び、二人の熱いバトルに水を差す、愉快な受信音が部屋に響く。しかし今度は、二人とも完全に無視である。メールの内容は、どうせわかっている。今二人に大事なのはチャンピオンへの挑戦権とアイスクリームであった。携帯電話は寂しく部屋の隅でやがて静まり返り、しかし再び、今度はけたたましく着信音が響いた。
ピリリリリ、という電子的な着信音はのものである。
「もういい加減負けを認めたらどうなん謙ちゃん?」
「なに言うとんねん勝負は2アウトから、野球は9回裏からや…!」
「ポケモンにアウトも9回もあるかいな!」
ごもっともである。
しばらくすると着信音は止み、しかし謙也の携帯が今度は着信を知らせて鳴る。無視を続けているがいい加減ちょっとイラッとする。階下で親たちが、「ちゃん謙ちゃん携帯鳴っとるでー!!」と大きな声を上げたあたりさらにイラッとする。しかしそれでも、二人はポケモン対戦を続けた。ここで相手にしてしまえば相手の思うツボであるということは、二人とも重々承知しているのだ。
今度は再び、同時にメールの受信音が鳴った。の顔が放送できないかんじにゆがみ、それを正面から眺める羽目になった謙也が若干涙目になる。しかしそれでも二人は勝負を続け、携帯は再び鳴り止む。しばらくそれを、何度か繰り返したが二人は根気よく無視した。お互い思っているのは、自分らめっちゃ気ィ長いやん、である。
しかしもう一度、の携帯がやかましく鳴り響き、ついに、「ちょおタンマ。」と男前に立ち上がった彼女は、携帯を二機、持ち上げると片方を謙也に投げて寄越した。
「携帯投げなや…!!」
「あーごめんごめん、つい、イラッとしてつい。」
「ついて…!」
鬼である。まだ手の中の携帯は鳴り続けているが彼女は出ようとはしない。その間に謙也は、携帯の電源を落とす。諦めたのか携帯が鳴り止んだ直後、は画面を操作し通話ボタンを押した。
しばらくの沈黙。僅かにコール音が漏れる。
「あー、もしもし?おねーちゃん?私私。うん、あんなー。ゆーくんめっちゃさっきから電話やらメールやらかけてきてうっさいんやんか?うん。そう。しょーもないかんじの。うん。うん。今部屋おる?うん。よろしくー。 うん?謙ちゃん?げんきげんき。今日アレやねん忍足家の集いや。みんなおるよー。うん、おっちゃんもおばちゃんも元気。 うん。ほんまに!うん!わかった!また遊びに行くし!うん、ありがとう、うん。ほなねー!」
通話ボタンが押され、会話が終わる。ふう、と一仕事やり終えた顔でがゲームを握りなおし、謙也も座りなおして構えた。もうの携帯はうんともすんとも言わない。
「やっぱねーちゃんに頼むんが一番やな。」
「ほんまにな。」
電話に出たその人こそ、忍足家で最強の、従姉さまである。先ほどからのメールと着信主の安否は、やはり気遣われず、二人は再び勝負に熱い闘志を燃やした。これこそが普段と変わらない、関西残留忍足さんたちの日常であった。
(Oの一族・3/20090516)
心底なくてもいいおまけ
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