赤い花がてんてんてんと、アスファルトの上に並んで落ちて、列になっている。鮮やかで毒々しいほどのマゼンタ。ぽとりぽとりと、落ちた花は、なんとなく笑い続ける首にも見える。
五月になると歩道沿いの植え込みは、燃えるような緑と赤とで、たいそうな賑わいだ。どうして躑躅というやつは、花びらぜんぶ繋がっているのだろうか。手のひらにもにているけれど、斑点の模様など、海星にも似ている。緑の海に、浮かぶ無数のマゼンタのヒトデ。想像すると、少しばかり不気味だ。
まだ空の明るい内に、謙也が帰路に着くのは、少し久しぶりのことだった。今日はセンター模試があったから、三年生は部活が休みだったのだ。この夏で引退だし、悔いが残らないようにしたいけれど、勉強も大変だった。医者の家に生まれて、いつの間にか、医者になることになっている。まだ高校三年生なのにな。笑ってしまうけれど、でもなんだかそれはずっと前からわかりきっていたことのようで、医者だって悪くない。近頃はそう思う。あと少し、英語の点が上がれば、いうことはないのだけれど。
とりとめのないことを考えながら、いつもより軽い鞄を肩から下げて、謙也はゆっくりと歩いている。
ゆっくりゆっくり歩くのは、のどかで気持ちのよい天気だからというわけではなくて、先ほどから、彼の少し手前を歩く同じ高校の生徒が、気になっているからだ。
肩より少し下にある、髪を風に揺らしながら、その子はどことなく踊るような足取りで道を歩いている。白いカーディガンの裾からは、同じように白い指が覗いていた。その先だけ、マゼンタに染まっている。
鼻歌でも歌うように、その子は歩きながら、ぶちぶちと植え込みの躑躅を、ちぎって歩いていた。遠慮もなにもなく、ちぎりとられた花たちは、無残に彼女の歩いた跡に残されている。ちぎっては捨て、捨ててはちぎり、それを先ほどからずっと彼女は繰り返しているのだ。
試験の出来が思わしくなかったのだろうか。
なんて思考を、彼はすぐ打ち消した。前を歩く女の子の、安定して成績の良いのを知っていたのだ。ぜひ一度英語の山当てを手伝ってほしい。
それから道端の花に八つ当たりするような、性格ではおそらくないだろうことくらいには、彼女のことを知ってもいた。
。
三年生になって初めてクラスが同じになったが、それ以前から知ってはいた。試験終わりに貼り出されるテスト結果の、上の方にいつも名前があった。色が白くって、わらった顔がやさしそうで。かわいいと思った。移動教室のときチラと見たことがある。
話し方が他の女子よりずいぶん穏やかで、どことなくのんびりしている。しろいお花の女の子。
謙也の彼女についての知識と言ったら、同じクラスになって一月経って、だいたいそんなものだった。
だからいったいどうしてその子が、花をちぎっては道に放り投げて歩いているのかが、ちっともわからない。
花が落ちる。ぽとり、ぽとり。ただ残酷な感じはしない。彼女の後をついて続く花は、ヘンゼルとグレーテルのみちしるべにも似てる。あっけらかんとするほど明るい動作だ、そんなざんこくって、ありだろうか。
ふいにが、振り返って、きょとりと目をまるくした。
その目は空の色に似て、宝石みたく真っ青に見えた。
謙也は少し驚いて、思わず首を、きょとりと傾げた。のその手は、マゼンタの花を抱えている。
「…つつじ、」
しばらく黙って、やっと謙也がそう言った。それにはちょっと笑って、「つつじ」と言った。
ちょっと謙也が振り返ると、アスファルトの上にてん、てん、てん。まるでどこまでも続いている。
「えらいぎょうさん取ったなぁ」
ゆっくりと立ち止まったままののほうへ歩きながら、謙也は言葉を探していた。
うん、と困ったようにが微笑う。理由はなんだか尋ねづらくて、けれど謙也が気にしていることは、もちろんにだってわかっているのだろう。首を傾げてもまた、言葉を探しているようだった。
「なにしとったん。」
「ええと、うーあーえー、」
「落ち着け落ち着け、」
「う、うん!ええと、あのな、何と言えばいいやら…」
「なんやそれ。」
謙也は目をまるくしてちょっと笑いながら、それでもちゃんと聞いている。こんなにと話すのは、ひょっとしたら多分、初めてのこと。
彼女はまだ、言葉にまよっている。花は道になっている。
そのの目は、やっぱり青く見える。金色の蜂とおんなじだ。躑躅の花はマゼンタをしている。
「なんとなく。」
さんざん悩んでその言葉がでた。
なんとなく?
鸚鵡返しに尋ねながら、謙也はゆっくり歩きだした。それにあわせて、もゆっくり、歩き出す。
「小さいときに躑躅の蜜食べんかった?」
「食べた。」
「こういっぱい咲いとるのみたら思い出して、」
の髪。つやつやして、肩の上にまっすぐ落ちている。
「食べてたん?」
「ううん、ちぎって、食べてみよかな、て思うんやけど、止めて、またちぎって、やめて」
それだけじゃない、なんとなく、がある気がした。謙也にも、なんとなく、わかる。花をちぎって、捨てる、なんとなくの気持ち。けれど言葉にならなくて、花をちぎりながら、「もったいないなぁ」とそう言った。
「…せやね。」
ふふ、とひそやかにがわらう。ふたりのあとに花がてんてんと落ちていて、テレパシー使えたらどんなにかええのになぁと思う五月。 |