方法は至ってシンプルで簡単。いっそのことお手軽過ぎて、むしろなんとなく馬鹿馬鹿しい。
 用意するのは紙コップ。彼の場合はカルピス飲み終わった後の紙コップだった。しかも空にしてからすこし指先で玩んではつぶしたりしたので、変形してしまってぐしゃりとしていた。それでも底抜けになってなくて、破れていなければなんとかなる。
 あとは空が真っ青に晴れ渡った良い天気であること。雲ひとつなく、お日様は眩しく、空はぽかんとただ高い。真っ青、真っ青ただひたすらにブルー。秋なんて特にいい。空が高くなるからね。天国の青ってどんな青だろう。こんな青だろうか。そんな風に思わず見上げた人間が思うくらい、真っ青な日に限る。
 風が強く吹いていると良い。
 場所はとにかく、高いところがいいね。病院や学校、会社の屋上なんておすすめだ。なるべく人がいなくて、静かで、高くて、広いところ。誰もいないギザギザ尖った山脈のてっぺんや、三日月の端っこなんて特にいい。君がもしそこまでたどり着けるなら、その辺りまで行ってみるといいだろう。
 そうしたら後は簡単。
 手すりに掴まってしっかり立ってね。風に飛ばされたりしないように。落っこちたらただじゃ済まない高さに、君は立っているのだから。
 紙コップを手に持って(ぐしゃぐしゃならばできる限り綺麗な状態に指で直してね)、底を空の天辺、真上に向けて、口を添える。

 もしもーし、って昔、遊んだことはない?その時はきっと、糸がついていたことと思うけれど、この場合は別段、糸は必要ない。澄んだ青い空の空気が、糸の役目を果たすからね。
 もしもーし。
 そう、懐かしい電話ごっこの要領でどうぞ。
 もしもーし。もしもーし、聞こえますか?
 ひょっとかしたら、運が良ければ、あるいは神様なんて生き物の気まぐれか、たんなる偶然か、ラッキーなのかアンラッキーなのか、ひょっとしたら万が一億が一兆が一、その糸のない電話は空の上につながることがある。
 用件は手短に。
 なにせ電話がかかってくることなんてほとんどないものだから、電話番はずいぶん愛想も対応も悪い。

「もしもーし、」

 彼もケタケタ笑いながら、冗談のような願いを込めて電話をかけたよ。あのな、って西の言葉で話しながら、知らない友達の友達のお兄ちゃんに、電話をかけたつもりでさ。実は今こんなことになってて大変なんだ、なあ、あんたのお願いが原因なんだろう?どうにかしては、くれないか。
 そこまでコップの中にくぐもった息を吐き出して、彼は笑った。自分のやっていることがおかしくって、それからあんまり、友達が優しくて。
 冗談のつもりで、「聞こえとるんか?」耳にコップを当てる。ザアと波の音。波の音。真夜中のテレビ。
『―――部署違いだ、まったく。』