天使と言えば。羽が生えていて、金髪くるくるの外国人で、体つきがふくふくしていて、頭に光の輪っか。ほぼ全裸。
 そんなイメージ通りの存在なら、どんなにか探すのも楽だろう。
 彼は一度、ふうと溜息を吐いた。最近溜息の吐きっぱなし、これでは幸せは逃げ放題だ。しかしどうにも、勝手に出てしまうので仕方がない。
「ガブリエッラ、さん。なあ…。」
 屋上へ向かう階段を降りながら、腕組みをして唸る。昼休みは終わりかけている。さて、どうやって探したものか。
 5時間目なんやったかなあ。
 ううんと唸って、世界史だったと思いだす。ちょうどいい。5時間目はガブリエッラさん捜索方法を考える時間にしよう。空の紙コップを右手に、ひとりでうんうんと頷きながら廊下を歩く彼を、なんとなくすれ違った同級生が奇特なものを見る目で見ていた。


 ガブリエッラさん捜索方法。
 ノートの隅にシャープペンで文字を並べながら、彼は一度ううんと小さく唸る。そもそも探そうにもガブリエッラさんに関する情報が少なすぎる。天使。サボり魔。以上。カルラさんが探せというからには、近くにいるには違いない。しかしこれだけで、どうやって探せと言うのだろう。今までの経験から、天使が決して、美術の教科書に載っている絵画のような、姿形をしていないに決まっているのはわかっている。分かってはいるがそれでも彼の握ったシャープペンシルは、マヨネーズ会社のマスコットのような"天使"を描いていた。
 ガブリエッラさんと言うからには西洋系なのだろうか。
 以前600年ぶりに下界に降りるのだという"恵比須"さんを案内させられた時は、その姿は人のよさそうなたぬきに似たメタボリックなおっちゃんだった。貫禄―――管理職にいるようなオーラがあったが、スーツに身を包み、しかし汗っかきらしく一番上のボタンははずし、ネクタイも緩め、ふうふういいながらハンカチで汗をぬぐっている様子はどこにでもいる年配のサラリーマンにしか見えなかったものだ。
 今回もおそらく、同様だろう。
「―――イスラーム圏の興亡がこうして大きくヨーロッパ、果てはアジアにまで影響し…おいこら、そこ!」
 教師の声にはっと顔をノートから戻す。

「あ〜くたがわ〜!またか!」

 その注意の先が自分ではなかったことに少しばかり彼は安堵の息を吐き、しかし次の瞬間にはバッと後ろの席を振り返って、そこで気持ちよさそうに惰眠をむさぼる友人の頭にヒソヒソと声を上げた。
「こら!ジロ!お前またかいな、起きい!」
「あと5時間〜、むにゃ、」
「長いわ!」
 どっと教室に笑いが起こる。教師も檀上で、あきれ顔だ。

 不眠、もとい夜ふかしの原因がなくなって、居眠り寝不足もなくなるだろうと一安心したのもつかの間、どうやら友人のこの居眠り癖というのは、生れついたものらしい。そこに夜ふかしによる寝不足がなくなった分、友人の眠りはただ健やかに心地よいものとなっている。

 ゆっさゆっさと何度か肩を揺らすと、ようやく友人の目が開いた。
「ふわい、授業もう終わり〜?」
「ちゃうわアホ!どんだけ寝んねん!」
「へへ、へ…、」
「また寝よるううう!!」
 がっくりと振り返った姿勢のまま手をついた彼に、「忍足〜、ありがとな。もういいぞ〜。」という声がかかる。
「芥川は後で特・別・補・講するからほっといて次いくぞ〜?じゃあ笠井、さっきの続き読んで。」

 妙に疲れを感じながら、彼は姿勢をまっすぐに戻す。パラパラと教科書を捲ると、"キリスト教の誕生"という単元の挿絵に目が止まった。"―――受胎告知する大天使ガブリエル"。
 これかあ。
 教科書に載るとは、結構なお偉いさんではないか。教科書の、しかし白黒ページなので色はよくわからないが、羽が生えて輪っかを頭にのっけて、服はちゃんと着ている。くるくる巻き毛だ。
 見た感じ男っぽいが、顔は優しげなので女かもしれない。そもそも天使だし、女でも男でもないのかも。
「こんなかっこして歩いとってくれれば、探しやすいんやけどな。」
 ごくごく小さく口の中だけで呟いて、彼は教科書を今他の生徒が読んでいる頁まで捲りなおした。横目に見た空は青く、雲ひとつない。