「………あかん。」
 見つからない。
 授業中に捜し歩くわけにはいかないし、授業が終われば日暮れまで部活がある。休み時間や部活の休憩中、果てはボレーの最中にも、それとなく見知らぬ人物がいない目を光らせては見たつもりだが、やはりと言うべきか、一向に見つかる気配もない。
 そもそも校内にいるとも限らないのだ。
 お疲れ様ですと出ていく後輩に生返事を返しながら、彼はのろのろと着替えをしている。ぶつぶつ呟きながら着替えているので、隣のロッカーを使っているダブルスの相棒がそうそうに怖がって(文句を言っても怒鳴っても彼が反応しなかったのも手伝って)離れていったのにすら気付いていない。
 ガブリエッラさん。やっぱり外人やろか。
 外人さんに目星をつけたところで、すれ違う外国人すべてをとっ捕まえて、「エクスキューズミー!?アー・ユー・ガブリエッラ!?アー・ユー・エンジェル!!?」と尋ねて回る勇気はとてもではないが彼にはなかった。それにその行動は勇敢というよりただの無謀でしかない気がする。
「そもそもがっこに部外者て入れへんのとちゃうか?」
 やっとシャツのボタンを全部止め終わって、ハタと気がつく。
 しかし相手は、天使である。そもそもその行動にしろ外見にしろ、予測も理解も不可能だ。
 しかし早いこと見つけなければ、カルラさんがうるさい。
「そもそもこういうのて、普通かわいい天使のナビゲーター的な女の子が手伝ってくれるもんちゃうん?漫画と現実はちゃうっちゅう教訓なん?そうなん?せちがらい話やで…。」

「おい、忍足、駄々漏れてんぞ!」

「忍足先輩、なにかお悩みなら聞きますから。」
 ポンと彼の肩を叩いて、同級生と後輩が部室から出て行った。
「ガブリエッラ…?天使のナビゲーター?」
「…ギャルゲーじゃね?」
「ギャルゲー、ですか…。」
 部室にデンと置かれた立派な革張りのソファからは、ヒソヒソした会話と憐れむような蔑むような、乾いた視線が三対。
 向日に芥川に日吉の三人の、目つきはそれはそれは悪い。悪意しか感じない。自らの心の呟きが駄々漏れであったことを恥じるよりも早く、怒りとも悔しさともつかない感情がこみあげる。
「あいつ昼くらいからずっ〜と!あんな感じだんだぜ?俺のこと無視しまくり!マジコエーよ。」
「授業中もずっとなんかぶつぶつ言ってたシー。おかげで寝れなかった…。」
「お前はちょっとは起きてる状態を保つことを覚えろよ!」
「岳人、ダブルス相棒でショ?なんとかしたげた方がよくない?」
「俺だってどうにかしてやりてえけどどうにもならねえよ!!」
「……忍足先輩、ゲームもいいかとは思いますが、やはり、現実を見た方が…。」
「日吉のその気の毒そうな体でドン引いとんの隠せてへん顔が一番むかつくんやけどおおお!?」
 肝心の仕上げ、ブレザーのボタンをかけ違えていることにも気付かず、彼が肩を震わせる。
「そうだぞ侑士!ゲームは現実じゃない!現実じゃないんだ!!ゲーム内で何人の女子と付き合おうとなんら現実生活に関係してこねえんだぞ!」
「液晶画面の向こうにはどんだけ頑張ってもいけないシー!!」
「その通りです。ギャルゲーとかほんと…正直、うわあ…。」

「なんなんもう俺泣くで!!」
 あんまりな言いように若干本気で彼が涙ぐむ。
「泣く前にボタン…かけ違えてんぞ…。」
「やめてその憐れむような視線!」
「靴、テニスシューズのままだシー。」
「!!?」
「先輩、鞄忘れないでください。」
「!!」
 みんな嫌いやああああああ!!!
 叫びながら彼は部室のドアを勢いよく開けて駈け出した。
 開けようとしたら勝手にすごい勢いで開いたドアにびっくりしている893なおぼっちゃま部長にもその後ろに控えるおおきな妖精さんにも気付かず、彼はとりあえずでたらめに走ってゆく。

「なんだァ?」
「…ウス。」

 首を傾げた跡部の肩で、一緒に彼の駆けて行った方を見送りながら、見なれない猫が目を細めて少しあくびをした。