いつから。いつからだろう。一体自分はいつからこんないじられキャラになりさがったのか。この学校にやってきた時、誰もが彼を憧れの目で見たものだのに。西から現れた天才。それがいつの間にか、賑々しくも虚しい、クラフィテイボーイ。なんだそれは。
 校舎の影で彼が自らの歴史に思いを馳せて溜息を吐いた、その時。

『なっさけないわねえ。』

 明らかに太い男の声だが、口調は完璧に女だった。
「!!?」
 振り返って彼は、それぞまさしく目を点にした。
『ちょっといじられたくらいで泣くなんて。関西人なら普通おいしがるところよお?それでもあんたほんとに関西の子なの?』
 猫だった。
 ペットショップでも一番高いケージに入れられていそうな、立派な猫である。アンゴラ、だったっけか。ふてぶてしい顔つき。いかにもいいものを食べ、いい暮らしをしている猫の、あくせく働く人間を見下すような目つき。そう言えばさっき、すれ違った跡部の肩に乗っていたような気がする。真っ白な毛並みはクリーム色がかって、夕陽に照らされて金色だ。その瞳も内側から光を放つような黄金をしている。
 彼はぽかんと目も口も開けたまま固まった。なにせ猫が、喋っている。それもオカマ言葉である。
『あらやだ、固まっちゃった?』
 くるりと彼にお尻を向けた猫に、しっぽのさきで鼻先をくすぐられ、大きなくしゃみをひとつ。やあね唾飛ばさないでよ。えらいすんません。
「いやいやそうやなくて、」
『ちゃんと解凍されたじゃなァい?』
「あ、それはおおきにさんで…いや、違う。そうやない。違う。ちゃうやろ。ぜったいちゃう。」
 クァ、と退屈そうにあくび。もちろん彼ではなく猫のほうが。
『カルラちゃんがスカウトしたっていうからどんなにおもしろい子かと思ったらァ。』
 問題発言。
「ええと、それは、つまり。」

『だからァ、アタシがガブリエッラよお。』

「そうきたかー!!!」
 がっくり地面に手をついて、彼が叫ぶ。
 まさか。まさか本当に人外に人外が擬態してくるとは。迂闊だった。そのORZを体現した姿に、『やっぱりアンタ面白いかもォ。』というありがたいコメントをいただいた。おおきに、と返す言葉がよわよわしい。
「カルラさんが…、はよ帰って来い言うてましたよ…。」
『え〜、どうしようかしらん!』
「はよ、帰ってください…。」
『ええ〜冷たい〜!』
 オカマの喋る猫に足元に擦り寄られて、彼はもうどうすればいいのかわからない。天使ってなんだ。人ってなんだ、天国ってなんなんだ!
「なあああんでええええやねえええええん!!!」
 彼は叫んだ。空に向かって、思いっきり。
『あらやだ、壊れちゃった?』
 なおも叫び続ける彼の肩に、羽でも生えているように猫はヒョイと飛び乗ると、えいにゃ!と爪をその頬に立てる。
「いった!!」
 悲鳴を上げる彼の肩からヒラリと跳び下り、呆れたように、ひとこと。
『はァい、クールダウン。』
 ひりひり痛む頬を抑えておとなしく…通り越して少ししくしく泣き出した彼に、猫、もといガブリエッラさんが器用に片目をつむって見せる。

『アタシまだ仕事が終わってないのよオ。だからア、本格的にカルラちゃんが怒る前にお仕事終われるように手伝ってね?しょ・う・ねん。』

 語尾に音符を飛ばしやがった。愕然としながら猫を見下ろす彼の目に、夕陽の作る長い影が映る。
 猫の影絵は、確かに天使の形をしていた。