新しい靴のかかとを嬉しそうに鳴らしてが笑う。
 ギラギラひかるような派手なのじゃなくて、パッと見灰色にも見える、その銀色のきれいな靴は、彼女の足にとてもよく似合っている。真っ白のスカートに水色のブラウスは花柄。麦わら帽子。白いリボン。小さな鞄を斜めに下げて、準備は完璧、だそうだ。白石に言わせると、気合入れてかわいこぶって、いるらしい。
 自転車の空気もさっき入れたばかり(正確には入れさせられた)だから当分だいじょうぶだ。問題はひとつ、今日はものすごく暑い。アスファルトの道ばかりの都会には、蜃気楼が霞んで見えるくらい。
「…なぁ、ちゃん。ほんっまに行くん?」
「当たり前やん!」
 なに言うとん、とが目を開く。
 このお嬢さんが夏休み開始1日目にして人を呼び出して言うことには、海へ連れていけ、ということらしい。彼女の格好を上から下までよくよく眺めて、明らかに海水浴というわけではなさそうだ。何しに行くのん、その至極もっともな質問にも彼女は動じず、行きたいから行くんやん、の一言で片付けられた。しかも自転車持ってこられた。何時間かかると思てんの?その質問にも、まあ半日かけてじっくり行こうや、ってそんなアホな!
「あのな、ちゃん。今日何度か知っとる?」
「34度。」
 しゃあしゃあと答えるが憎らしい。
「あのねえ、ちゃん。」
「なんですか蔵ノ介くん。」
 ふたりとも笑顔だ。とてもとても笑顔だ。
「今日の朝目覚ましテレビ見た?」
「ウチNHKしか見ぃひんもん。」
「…天気予報見たか?」
「見たよ。」
「天気予報のお姉さんなんて言うとった?ん?」
「今日は7月最高の猛暑ですお出かけのときは十分に注意して直射日光を避け水分補給をしっかりし熱中症には十分注意してくださいて言うてた。」
「よぉ覚えとんやん。」
「そりゃどうも。」
「…。」
「…。」
「…暑いの俺嫌いやねんけど。」
「ええよ?別に無理せんでも。それやったら金ちゃんに頼むし。」
 あの子やったらそりゃもうめっちゃ体力あるしたこ焼き1パックでぜったいオッケーしてくれるし、あ、そっちのほうがええわあ。が言う。蝉がジリジリと焦げるように鳴いている。公園ぐらいしか木なんてないのに、こんなに煩いくらい蝉がいるなんて、環境破壊なんて嘘や、と彼は少し考えてもう一度微笑んだ。
「うん。金ちゃんに頼み?」

***

「ほい、レッツゴー!ちゃきちゃき漕いでみようかー蔵ちゃん!」
「おおおー…」
 アスファルトが熱され過ぎてこれは溶けるのじゃないかと思う。自転車がノロノロヨロヨロ進むのは後ろに立っている女の子のせいじゃなく、きっとアスファルトが溶けてタイヤにくっつくせいなのだ。きっときっとそうなのだ。そうとでも思わないとやっていられないほど、暑い。帽子を被ってくればよかったと白石は思い、しかし帽子は好かんしなあ、と考え直す。なにより頭が蒸れると思う。麦藁帽子なんてものを男が被るのは、なんだかダサいような気がして却下。
 なんだってこんな。暑い。面倒くさい。しんどい。だるい。暑い。遠い。暑い。暑い。暑い。
「暑い。重いー…、「アホなこと言うたんな!」
 ポカンと軽快な音がして、頭を叩かれた。痛くはないが、痛い。いろいろと悲しい。
「鍛え方が足りひんねん!こんなきゃっしゃー!なお嬢さん捕まえといて重いとかいてこましたろか!」
「痛い!ひどいわ!ちゃんお嬢さんはいてこますとか言わへん!」
「大阪のお嬢さんは言うわ!」
「川の向こう!川の向こうだけ!あっちの人ら怖い!」
「はい前見て漕ぐ!」
「鬼!」
「はい!夏大ももうすぐ!いいトレーニングできるやんよかったな蔵ちゃん!」
「もう好きにしたって…。」
 肩に乗せられた小さな手のひらが熱い。
「ほらほら海着いたらアイス買うたげるから!」
「それいつになんねん…、」


(Sumeeeeer!!/20080721)
(実際チャリで行くとか自殺行為!っていうか無謀!/(^0^)\)