「やあまた会ったね国光少年。」
きびきびと彼女―同い年で同じクラスの、彼女が片手を上げる。マフラー、毛糸の防止、指が自由に使える手袋、羽毛の軽そうなダウンベストにセーター、ズボン、赤い水玉のレインブーツ。完璧な防寒対策だ。
「また会ったな、。少年と言うが同い年だ。」
それにたいして彼は座ったまま片手を上げた。マフラー、毛糸の帽子、指が自由に使える手袋、羽毛の軽そうなダウンベスト、セーター、ズボン、ごく一般的な長靴。防寒対策は完璧だ。
場所は木枯らし吹きすさぶ釣り堀。生徒会長と風紀委員長の密会の場としては、あまりに色気がなさすぎた。彼らは偶然こんな辺鄙な場所で4度も出会った(今日は5回目)、あまりに健全な中学生であった。
自慢の釣り竿を片手に、どっこらしょ、と彼女は彼の隣に腰を下ろす。
「今日も冷えるねぇ」
「ああ。」
「釣れますかね?」
「…まったく。」
彼の方が始めてニヤリと笑い、彼女もまた釣り糸を垂らしニヤリと笑い返した。寒色した景色に、ウキのオレンジだけふたつ、明るい。
ウキはピクリとも動かず、ほかの客はおらず、ふたりは無言である。彼女の鼻は寒さで赤くなり、彼の指先は冷えてカサカサした。
「釣れないねぇ。」
「そんな日もある。」
「だいたい国光くんと一緒になると釣れない気がするわ。」
「それはこちらのセリフだ。」
「…釣れないなぁ。」
「ああ。」
「しりとりしようか。しりとりのり!リースベルト!」
「む。と、…トルコ行進曲」
「く、く!鞍馬寺」
「ら…ラデッキー行進曲」
「またかよ!く!く!クアラルンプール」
「る……ルクセンブルク」
「くううううう!!わざとやってんなこの野郎!く、く…クリーニング!」
「ぐ…グッドラック」
「そんなんありか!ありなのかアアアアア!」
「…ありだろう」
「なし!却下!」
「……ありだ」
「な!し!」
木枯らし吹きすさぶ中、ふたりはしばし睨みあった。ウキはやはりピクリともしなかった。
彼の方が無言で携帯電話を取り出し、彼女はむっつりと厳格に頷いてみせる。その手が迷うことなくアドレス帳を開き通話ボタンを、押した。
しばし沈黙。コール音。
『手塚か、なにか用か?』
「いや、少し尋ねたいんだが、」
『アァン?なんだ、言ってみろよ』
「グッドラックというのはしりとり的にオーケーか?」
沈黙。彼女は受話器に耳を寄せてじっと返事を待っている。彼もまた、息をつめて返事を待っていた。受話器の向こうで、電話の相手もまた考えを巡らせているようであった。
『手塚、それは、』
ややあって返事があった。聞き耳を立てる二人の手にも力がこもる。電話の主は考え深げに、ゆっくりとかつ尊大に話した。
『お前、そりゃgoodluckってのは、ひとつの慣用句で、常識単語みてぇなもんだ。違うか?』
「いや、そうだな。」
『なら話は決まりだ。有りだ有り!俺様が言うんだ、間違いねぇ。ヒス女にもそう言っと「ウッソオオオオオ!跡部のバカ!バカバーカ!」
『なっ!おま!バカっつうやつがバカだバカ!』
「…喧嘩両成敗だ。メッ!」
『…!!!(今、メッ!?…メッ!!?)』
「…ショボン!」
「続けるぞ。、く、だ。」
「えっ!く、く!クシャーン王朝!う!」
「跡部。う、だ。そして携帯代が勿体ないのですまんがかけ直してくれ。」
『アァン!?てめっふっざけんな!』
「跡部逃げる気ぃ?うのつく言葉も思いつかないんですかァ?跡部様はぁ〜」
『ハッ…!!!んな分けねぇだろ!ちょっと待ってろ今かけ直す!オイ執事!電話だ電話!』
騒々しく切れる電話としばしの沈黙とニヤニヤ笑う彼女と無表情にしかし心なしほくそ笑んだ彼。そして。
『待たせたな!ウイー、ン………少年合唱団だ!』
「はい、バカー」
『てめっ!ちょ、待(ブツッツーツーツー)「いやぁ釣れないねぇ」
「…釣れないな」
しばしの沈黙。電話がけたたましくなり始めて、さて耐えられずに先に吹き出すのは果たしてどちらか。
(完璧な防寒対策/20080701)
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