寒さも大分弛んだ季節。青褪めた空に浮かぶ凍み月も随分溶けだし、梅の蕾がふくらみ始め、もうすぐ春ですねなんて言いたくなるが、まだ空気は刺すように冷たかった。
 しかしずいぶん緩んだだろう水底ではお魚たちがキャッキャとはしゃぎだしてもいいものだが、相変わらずこの釣り堀は閑散としていた。なぜかここだけ、寒々とした色をしている。やはり客の姿はない。
 しかしそこに、場違いでありながらなんとなくしっくり馴染んでいる三人の年若い少年少女が立っていた。
 一番右には、大きなポンポンが目立つ水玉の毛糸帽を被った少女。ゆるい三つ編みからはあまり真面目さを感じない。ダウンベストにセーター、ズボン、レインブーツ、指先が自由に使える手袋と、完璧な防寒対策を装備済みの彼女は、その右手に釣り竿を持っていた。
 その反対側一番左端の少年は、背筋正しく眼光鋭く、眼鏡のフレームからしていかにも賢そうで生真面目そうであった。彼がそこにいるだけで、堅苦しいというのか、身が引き締まるような気がする。そんな彼がてっぺんにポンポンのついた毛糸帽に指先が自由に使える手袋、軽くて丈夫なダウンジャケット、ジーンズ、長靴という格好をしているのは妙に微笑ましくもある。彼もまたその手に釣竿を持っていた。
 そんなふたりの真ん中に挟まれたのが、両脇の二人とは違いなんというか、洒脱な少年である。スラリと背が高く、ファーのジャケットをこともなげに着こなし、しなやかに引き締まった脚を覆うパンツはおそらく上物の皮であろう。左端の少年も見目麗しかったが、この真ん中の少年にはなにか華がある。お前中学生かと疑いたくなるようなほくろが異様にセクシーな少年は、顔をこれでもかと歪めて口端をひきつらせ、ポケットに手を突っ込み、完璧な釣り・防寒スタイルのふたりの間に立っている。いかにも不満げ、かつ所在なさげな顔である。
 その様はなんだか、ああ来迎図か…日光月光菩薩を従えその中央におわすは…ってえっ!?マルス!?うっそ☆なんでマルス!?のような違和感がある。しかしそれでいながら3人は見事一個体として成立していた。
 ひゅるりらと、まだ冷たい風が吹いて、ついに真ん中の少年が口を開いた。
「…おい、手塚。。」
「なに?」
「なんだ?」
 それに対する少年少女の返答は見事に重なった。
「何で俺はこんなところにいるんだろうな?アァン?」
 その態度といい額に浮かんだ青筋といい、口調と言い、どう考えてもお育ちのいい893である。
「「釣り。」」
 風紀委員長と生徒会長のお答えは完結であった。
 ゴージャス少年を間に挟んだまま、二人はよっこいせと水際に腰を下ろすと、てきぱきさっさ、釣り糸を水にたらした。
 そのふたつの背中はなんとなくうきうきしているようにみえ、見下ろしながら少年は少し安心感を覚える。
 よかった。手塚も人間だったのだ。テニスだけに生きるデストロイヤーではない。人生の余暇というものを知っている。
 もしその釣り竿がピカピカで、ルアーなんぜついていたらもっと安心できただろうに。しかし彼らの釣り竿は古来奥ゆかしい竹竿であった。どっしり構えてアタリを待つ。あっちへこっちへルアーを投げては大物、ゲットだぜ!とはまったく部類が違う。キャッチアンドリリース?なぁにそれ?の世界である。釣った魚はおいしくいただく、これがこの世のルールであった。
 ゴージャスな彼を遊びに誘う人間は、数少ないが、そのマイノリティにがっちり組み込まれているこの二人から電話が入った。
「釣り(に)しない(こないか)?」
 それを聞いたときに彼の頭に浮かんだのは、豪華なまっしろいクルーザーで外洋へ…という映像だったのだが、集合は海などとは無縁な隣町の駅。
「…そんなとこでなにすんだ?」
『だから釣り!』
『釣りだ。』
「…釣りィ?(隣町ってあれだよな?田舎だよな…?川もねえよな池もねえはずだ、オイオイオイオイどういうことだ?落ち着け、まさか…地図に載ってねえ川か池か…まさか海があるってんじゃねえだろうな、オ『ぷぷぷ!跡部坊ちゃんに庶民の釣りを教えてあげますよー!』
「なっ!」
『たまにはそういう釣りも趣があっていいのではないかと思うんだが…どうだ、跡部。』
 なんとなく、なんとなく楽しそうだと思ってしまった自分がいたのだ。しっかりと身支度をして自家用車で送られてきた駅にたつふたりの、彼からすれば日本昔話のような格好に、少しテンションがあがったのは秘密である。
「ほら跡部も座る!じいちゃんの自慢の竹竿2号を貸したげるから!感謝しなさいよ!」
「テメ「まあ座れ跡部。」
「誰が一番多く釣れるか競争ね!(つっても手塚と釣りが被ったときにつれた試しないんだけど。)」
「…いいだろう。(がいて釣れた覚えが無いな。)」
「…ハッ!俺様に勝負を挑むことがどういう意味かお前らに教えてやる!フハ!フハハハハハ!」
 果たして1時間後、釣堀の岸辺でしりとり大会が繰り広げられているのはお約束と言うやつなのである。

(釣り?行く行く行く行く!でもぜったい釣れないよ!アッハッハ!うん?うんうん、あー確かに電話する手間はぶけるからいいねー!じゃあ今度から最初っから跡部呼ぼうか!)



(完璧な防寒対策2/20080825)