いいか。お前らそもそも釣りってモンをわかってねえ。あんなちっせえ…なんだ、あー水溜り?あんな汚ねえちっさいの水溜りで十分だ。水溜りの脇に何時間も座り込んで、釣れた魚が貧相なメダカ一匹とはどういうことだ?アァン?いいか。お前らは釣りってモンをわかってねえ。いや、いい、何も言うな。お前らは知らないんだ、釣りと言うものがどういうものなのか!そこでこの俺様が!直々にあんなのを釣りをと思い込んでいるかわいそうなお前らに本当の釣りと言うものを教えてやる!いいか!明日朝6時に家の前に集合だ!アァ?朝飯だ?んなもん家で食ってきゃいいだと、大丈夫だシェフに用意させる。そういうわけだ。いいか遅刻すんじゃねえぞ!フハーハハハハ、ハーハハハ!


「と、いうようなことがあったわけでございますが…。海だアアアアア!!!」
、落ち着け、はしゃぎすぎだぞ。」
「いやあだって何せ海だもんね海!広い!しかもあれだよ太平洋だよ!!」
 の叫びがこだまする。ここは海である。
 きらきらと輝く海。まだ夏には少し早く、風は少し冷たい。太平洋を悠々と進む一艘の真っ白なクルーザーの上に、今三人はいるのだった。
 ひとりは、今日は頭のてっぺんで髪の毛を団子にして、真っ赤なサンバイザー、フード付きのピンクのパーカーに細身のジーンズ、その上から黄色のライフジャケットを着込み、足元はもちろん、花柄のレインブーツ。それから指先が自由に仕える手袋。完璧な海釣りスタイル。その人である。
 もう一人は、海上であってもその真面目そのもののオーラは崩れることはない。今日は彼の後輩よろしく、しっかりと目深に帽子を被り、大きなチェック柄のシャツにジーンズ、黄色のライフジャケットに長靴。それから指先が自由に使える手袋。こちらも完璧な海釣りスタイル。手塚国光その人である。
 そうしてそれから最後の一人が、聞くまでもなくこの豪華なクルーザーの持ち主(の息子)、跡部景吾その人である。お父様の財力をフルに活かし、今日も彼の服装は海での釣りを意識したラフなものであるにも関わらずそれでも十分にゴージャスである。ボーダーのTシャツの上に同じカラーのパーカーを重ね、,足元は臙脂のゆるりとしたズボンで決めておられる。一体その服だけで、の小遣い、いや、の父親の小遣い何か月分であろうかと言うことなどは、あまり率先して考えたくはないことだ。色つきの某有名ブランドサングラスなどをかけ、船長に指示を飛ばす姿など、お前本当に中三か?と笑顔でさわやかに訊ねたくなるのは毎度のことであった。
 鴎が二羽、楽しげに三人の乗った船上を飛んで行き、その後に真っ白な太陽が、ぴかりと輝く。
 船が港を出て絡もう数時間が経過し、先ほど三人は、跡部家専属シェフ・ドミニクさんお手製の『今日のランチ(お弁当仕様)〜和牛のスモークサーロインステーキのサンドウィッチ〜』を快適な船内でいただき、午前に続き午後の釣りを始めようと出てきたばかりである。風は強めに吹いており、雲がぐんぐん流れてゆく。
 跡部様のトローリング案は、自分の手のみで釣ってこその釣り!というの熱い主張と、手塚の静かなその主張への頷きによって却下された。そのためわざわざ、外洋で、クルーザーで、仲良く三人は海面に釣り糸をたらしていた。
 しかし毎度のごとく、さっぱり釣れない。
「釣れないじゃん。」
、シッ!」
 手塚の機敏なツッコミも一歩遅く、隣で釣り糸をたらす跡部の米神に、青筋が浮かんでいる。彼の本日の予定としては、トローリングで大物を一匹釣り上げて、いいか釣りとはこういうものだハーハハハハ!と、なるはずであったが、その予定が狂いまくりだ。
 ヒクヒクと引きつった口端に、手塚がゆっくりと口を開く。
「いや、しかし海上で釣りを言うのもいいものだな。」
 逸れに少し穏やかになったように見えた跡部の横顔に、が追い討ちをかける。
「でもつれないじゃん。メダカ一匹つれないじゃん。」
 前回の釣堀での唯一の収穫、彼女が釣り上げたフナを跡部にメダカと称されたことをまだ根に持っておられるようである。くちびるをとがらせてプリプリ怒っている様子はかわいらしいが、それは意図的にかもし出されたものではない。なぜならば、この二人の少年相手の場合、その前でいくらかわいくしても無駄だからである。片方は女の子のかわいらしいアピールに気づけるような頭を持っていない朴念仁であるし、もう片方は俺様何様僕跡部様つまり自分一番。かわいさ振りまくだけ資源の無駄、まったくの無駄である。ナノでこれは天然のものであるが、天然のかわいさだろうがなんだろうが、この場においては無駄でしかなかった。
 のその台詞に、せっかく和らいだはずの跡部の表情がより険しくなったことに、手塚は小さくため息を吐いた。ちらりと運転席を見やると、船長も子供たちの雰囲気に苦笑気味である、さすがの彼も困ったようにを見ると、はしぶしぶといった様子で頷いた、海の上で喧嘩したところで、隠れるところのない船上、お互い気分が悪いだけである。
「まあ、船貸切なんてめったにできることじゃないし、ご飯もおしかったし…ま、いっか!ありがとね跡部!じゃあ…、」
 その言葉に跡部がいささか期待気味に顔を上げる。なんだかんだであれだけ大口をたたいておきながら、釣れないことを気にしていたらしい。王様は実は人の意見が気になるお年頃である。
 それにはにっこりと手塚をはさんで微笑み返す。その手塚も心なしか、微笑んでいるようだ。跡部は、ああ良かったな、と思う心のさらに片隅で思う。良かった、こいつ、わらえるじゃねえか。勝利へのみ突き進むデストロイヤーじゃない。
「じゃあいつものいくよ!クルーザーのザ!ザッハトルテ!」
「て、手塚国光。」
「なっ!いきなりか、つ!?つ!つうか名前はアリなのか!?」
「男が細かいこと気にしてんじゃないわよ!はい!つ!」
「つ、つ、」
「落ち着け跡部。つ、だ。」
「…フ。馬鹿言うな俺はいつでも落ち着いている。つ、だろ。ちょっと待て。」
「はーやーくー。」
「うるさい黙れ集中力が途切れる。」
「テメエ海に落ちろ。」
「アァン?」
「ふたりともメッ!」
「しょぼん!」「…!(やっぱりメッ!メッ!!?)」


(完璧な防寒対策3/200980907)