言いたいことは幾つもあった。
もう夏が終わるね、今までどこにいってたの、なにをしてたの。聞いても無駄なような気がして、それらの言葉 は結局の喉の奥でジュワジュワと消えてしまった。ソーダの泡。それに似ている。 夏の名残と蝉が鳴き散らしていて、ほとんど入道雲は風に崩れかけていた。は背の高い千歳の隣で手持ち無沙汰な感覚を持て余している。
バス停を緑の陽がざぶざぶと洗うように打ち寄せていて、千歳の随分伸びた髪も一緒に洗っているようだ。彼の左耳のピアスが、緑を反射して白く光る。背が高い。見上げて、息が詰まるようにはそう思った。
中学生の頃から群を抜いて背の高かった千歳。全校集会の時なんて彼の頭だけ飛び出して見えた。たったふたつしか変わらない後輩と歩くとまるで大人と子供で、いつも腰のあたりにじゃれつかれては転ぶよと笑っていた 。今も千歳は、口元に少し笑みを浮かべて、バスの来るだろう道の先を見ている。蝉の声が煩いほどなのに、なぜか静かだ、は思う。緑の光が流れる中で、バス停の赤が、ポツンと沢蟹のように浮いている。
見上げられていることに気がついたのか、千歳がふっとを見下ろした。その眼差しはいつだって、が胸をかきむしって地団太踏んで逃げ出したくなるくらい、優しい。 あの頃よりは確実に狭まった身長差に対して、ふたりの精神は離れてしまったようにには思える。あの頃は彼の優しさが純粋にうれしく、誇らしかった。 今はどうなのだろう。 じっと見上げると不思議そうに千歳は首を傾げる。どげんしたと?その訛りが好きだった。のんびりして、とてもあったか。それは千歳が話すからそうなのだと、だって知っていた。けれども、どうしても、今は同じ ように、同等の優しさを持ってして彼に接することができないと、は感じていた。そもそも今までだって、同じほどの優しさで千歳に接していた自信は、正直にない。与えられただけ、返したいと望むのに今のはそれを受け取ることすら拒んだ。どうしたの、という言葉になんでもないのだとも大丈夫とも言えない。君は遠いと、蝉がなく。
「バス、来んなあ。」
少し首を傾けて千歳が言った。高校に入った頃からもう背は伸びていない。大学生になって彼は、ますますどんどん雲のように自由。
「……どこ行っとったん、」
「いろいろじゃ。海と、山と、森と。」
「…わからへんよ。」
「あ、これ土産じゃ。」
会話が繋がらない。
促されるままに差し出した手のひらに、じゃらりと大きな手のひらで彼のリュックのなかからわしづかみにされたなにかが乗せられる。貝殻と白くてすべすべした小枝とまるい小石。それから蝉の抜け殻、ビー玉。おはじき。小さなかれたような向日葵。鳥の羽。野鼠の巣。
が笑い出した。そうだ、そうだった。その笑い声は緑の間に幾つも響いて、千歳はなぜ彼女が笑ったのかわからないようできょとりと首をひねる。
は手のひらいっぱいに積み上げられた幾つものがらくたがおかしくて、おかしくて、泣いてしまいそうだと思った。がらくたと呼べない自分を馬鹿だと思う。そしてそんなものを山と寄越した千歳が、とても好きだ。
貝殻、蝉の抜け殻、ビー玉、蜂の巣、枯れた向日葵、白い小枝、まる いすべすべした小石。
千歳が浜辺を、森を、海を、ひとりで歩いた時に、これらを拾い上げた手のひらで、彼はおそらくを思い出したろう。そして、その思いをそのまま持って帰ってきた。その大きな手のひらでに渡すために。
おかしくて仕方がない。気が利かなくて気が抜けていてのんびりで自由気まま、その癖こんなに、 「君にはかなわへんわ。」つぶやきと同時にバスがくる。
コンクリートの道の上、のろのろと、まいまいみたく。道は沢。まいまいのバスを待つ。沢蟹の駅で。じゃあふたりはなんだろう。プカプカ笑う生き物かしら。それとも青い魚?緑は青々、優しい光。え?と聞き取れずに訪ねる千歳にが少し目尻に光を溜めて笑った。バスが出るよ。
(ギフト/200808??)
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