「あのねぇ、学校の花壇は花屋じゃないのよ!」
ちなみに私は店長でもありません!
花本が腰に手を当てて、彼の真ん前に立っていた。昼休みの教室は騒がしく、廊下の方まで楽しそうな声が溢れている。眉を片方器用に持ち上げている彼女に、彼ははて、とその細い目をしばたかせた。本当に覚えがなかったので。
そうしている間も彼女は、不機嫌そうに彼を見下ろしている。
「それに花屋扱いするならせめて代金払いなさいよ訴えるわよテニス部!」
むうとむくれた花本に、彼はいささか本気で困った。この園芸部部長、怒らせると仁王が尻尾を巻いて逃げ出し真田が涙目になるというのは有名な話である。
「ちょっと待ってくれ話が読めないんだが。」
どうどう、と両手をあげた彼に花本は鼻を鳴らすと、どっかと空いていた空席に腰を下ろした。なんというか、男気に満ち溢れている。まったく!と頭を振る彼女の動きに合わせて、柔らかそうな短い髪の毛がふわふわと舞った。
「で?どうし「どうしたもこうしたもないわよ!あんた先輩なんだから後輩の面倒くらい見なさい!まったく部長のお見舞いにって言えばなんでもオッケーって不文律をあのワカメ頭のちっさな脳味噌から追っ払ってちょうだい!さもないと花壇がまるハゲになる前にあんたの可愛い後輩の頭が…痛い目見るわよ。」
ドスの効いた声で締めくくられて、やっと話がわかった。
後輩の柳先輩これ持っていってください!というあの得意げな顔が浮かんだのだ。毎回ノートのきれっぱしに包んでもってくる花の出所が明らかになった。知らないわけではなかったのだけれど、まさか彼女がこんなに怒るほど、しょっちゅう世話になっているとは知らなかった。
彼女のこの怒り方から言って、最後の物騒な言葉はいつでも実行に移されるだろう。後輩の大胆不敵さは、この女部長の怒りに火をつけるに違いなかった。
「赤也か。」
「他に誰が?」
ふん、と鼻息も荒く花本が柳を見た。素直に監督が行き届かずすまない、というと、ほんとにな!と返された。まったく彼女こそ大胆不敵である。
「よく言って聞かせておこう。…だからあまり過激なことはしないでくれると嬉しいんだが?」
「今度やったら本気で潰す。…私の腕はまだまだなまっちゃいないわよ?」
ニヤリと不敵に笑って、花本はスマッシュを打つようなフリをした。ヒットマンなる不名誉かつあまり良くないなあだ名に、彼女が女子テニス部をやめてもう随分と経つ。
別に当てようとおもってやってんじゃないのよ、というのは彼女の言い分だ。仕方ないのよ打ち返されないようにと思って打つとどうしても相手に当たるんだもの。
それはある意味で、類稀なコントロール能力であったりするわけなのだが、傍から見れば卑怯に見えるその戦法は、豪放磊落、竹を割ったような性格の花本にはどうにも合わなかったらしい。そうしてなぜやら、今では、園芸部の鬼部長(命中率高)として立派に君臨しているのだった。
「借りひとつね!」
「…おや、」
何してもらおうかなあと花本が笑う。
それに彼は、目をさらに細くして少し不思議な笑みを浮かべた。
「ならつくるついでに借りもうひとつ、」
「ん?」
「花をくれないか。」
「…は?」
あんた今の話聞いてた?と花本が顔いっぱいに言う。それにも不思議に穏やかな微笑のまま、少し首を傾げる。
「…幸村のお見舞いに。」
うっと彼女が、目に見えて詰まる。
赤也にだってこう言われたら、結局断われないに決まってるのだ。正直で素直、彼の頭には、クラスメイトの情報だってしっかり入っているのだ。
うううと唸っている彼女は、幸村のお見舞い、ともう一度重ねた彼が、小さく心の中でそれからあともう一人分、とひとこと付け足しているのを知らない。
(20080825)
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