校門で彼は見事に足止めを喰らっていた。
「おおー!」
その感心したような声の理由が分からず、彼は首を捻る。
「おおー!」
2回仁王は言った。1回目は驚いたように、2回目は感じいったようにしみじみと。しかし2回とも、楽しそうだ。
「参謀が、花ァ持っちょる!」
そこか。そこなのか。しかしおかしなことだ。幸村の見舞いに花を持っていくのは、別にこれがはじめてのことではないのだし、その様を仁王だって何度か目にしたことはあったはずだ。なのに仁王のこの楽しそうな、まるで初めて彼が花を持っている様子を見たような、そんな反応の理由はなんだろう。
「…なにか変か?」
「いや?野郎の見舞いにしちゃあ可愛い花束じゃー、ちゅーち思っただけじゃ。」
ニヤ、と犬歯を見せて仁王が笑って指摘する。それに数が多い、と。確かに彼の手には、花本の手によるふたつの小さな花束がある。
鋭い。この男飄々とした道化に見せかけてとてつもなく頭が回るし弁も立つ。詐欺士というのは伊達ではなくて、この学校でならなおのこと。しかし仁王が詐欺士ならば、彼は博士だった。押し問答でどちらが勝つか。この時彼はただ静かに微笑した。仁王はおや、と目を開いて敵わんのう、と歯を見せた。時に言葉には、沈黙が勝る。
勝者がゆっくりと校門を出て行ったのをヒラヒラと手を振って見送りながら、敗者はズボンのポケットから白い携帯電話を取り出してニヤと笑った。もちろん後ろに目のない彼には、与り知らないことである。その指先が導く先も、もちろん知るはずがなかった。
慣れた道を歩いて、彼は病院へ向かう。電車とバスを少し乗り継いで、大学の前を通って。白い箱は清潔すぎる薬品の匂いでいっぱい。自動ドアをくぐる時に車椅子の老人とすれ違う。彼の後に続く薬のぶら下がった銀の棒とチューブ。ここは管理された世界だ。いつも病院の門をくぐると少し心細くなった。彼は急ぎ足に階段を昇る。白い壁良く見知った通路だ。大きく数字で、2と書かれている。その角を曲がって。
トントン、と軽く扉を叩くと、はい、と返事があった。
「ああ柳、いらっしゃい。」
ノブを回した先に、幸村がベッドに腰掛けて微笑んでいた。
「…こんにちは。」
ベッドの脇のパイプ椅子には、が座って、扉のほうを振り返った。
並ぶと二人は、やはりどこか似ている。パジャマの裾が少し余るところも、肩からかけたカーディガンも、細い首も、白すぎる肌と優しそうな目と。
幸村の膝の上には、大きく重たげな本が広げられており、はそれを覗き込んでいる。仲が良いのだな、とほほえましく思い、同時にほんの、少しばかり。今は言葉にするのは止めておこうよ。彼は表情を変えないまま、少し口端を持ち上げて微笑む。後ろ手に扉を閉めると、ギイと鈍い音がした。
「何を読んでいるんだ?」
それに二人が、にこにこと嬉しそうに笑って言う。
「「図鑑!」」
答えになっていないな…、と苦笑気味に彼が幸村の膝を覗き込むと、なるほど、植物図鑑のようだ。
「花壇に植える花を考えてたんだ。」
勝手知ったる人の病室、でパイプ椅子をもうひとつ引っ張り出してきてベッド脇に広げる彼に、幸村が言う。へぇ?と相槌を打ちながら、彼は鞄を下ろすと、その中から花を取り出す。
「これは幸村に。」
はい、と手渡されて幸村がおかしそうにありがとうと笑う。
「これは、さんに。」
幸村がくすくすとまだ笑っている。ありがとう、と目を丸くして、それからふにゃりと笑ったは、やはりかわいいと思う。いい加減笑いすぎだ幸村。と彼が言っても、まだ幸村は小さく笑っている。
「花本からメールが来たんだ。」
出し抜けに幸村が笑いをひっこめないまま言った。
「ほら…、これこれ。『幸村がさっさと退院しないと花壇の花がまるごとテニ部の男子どもに引っこ抜かれる!そんなことになったら…ハゲ散らかすわよ!あんたの後輩のワカメ頭を!(●`□´●)/』って。」
携帯電話を柳に渡して、おかしそうに身をよじって笑う幸村と、手渡されたばかりの花束を見て目を丸くする。彼はと携帯電話の液晶を覗き込みながら、なるほど、花本の怖ろしい宣言の書かれたメールを見る。一番最後に数行空けて、だからお大事にね、と書いてあるのに気づいて、少し見てはいけないようなものを見た気がしてなんとなくてれくさい。
しかし幸村はまるで気にしていないように、椅子に腰掛けたまま静かに少し不敵に微笑んだ。
「あと仁王からもきたよ。」
その言葉に、初めて彼が、ぴくりと左目を開いて幸村を見た。
「ピンクの花束はまさかおんし用じゃったか?だって。」
の膝の上には、かわいらしい桃色のリボンの花束がある。
(20081202)
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